先輩
「しばらく会わないほうがいい」と馨先輩があの時言ったのは、ストーカーである沙耶に襲われる可能性が、一緒にいると高くなるからだったのだろう。それか、沙耶の居場所やストーカーの正体を突き止めるために独自に行動をしていたのかもしれない。
そうだとしたら、ここでストーカーの正体である沙耶が捕まれば、もう明日からは馨先輩にいつも通りに接してもいいのだろうか。――とはいっても、学内で先輩と会うことは元々少ないのだが。
だが、馨先輩と今までのように話せる自信が、既に私にはなかった。
いや、もう誰とも笑って話せる自信がない。
皆、どんなに仲良くなったとしても、ある日突然死んでしまうんじゃないだろうか。リンのように、この世を去ってしまうんじゃないか、という不安が私を苦しめる。
そうなってしまっては、誰とも何も話すことが出来ない。いや目を合わせることすら怖くなってしまう。
こういう状態を、心が殻にこもってしまった、というのだろう。
それでも私は――これ以上私の前から誰も消えなければ、それでいいと思った。
しかし、まだ終わりではなかった。
「沙耶さん、まだ全て片付いてはいないですよ。むしろ、これからが始まりになるかもしれない」
沙耶は馨先輩を目で殺すかのように、これまで見た中で最も鋭い目つきで睨んだ。
「あなたの恩人でもあり、最愛の人であった人――」
「お父様は、今もちゃんと生きていますよ」
沙耶は大きく目を見開いた。
「何を……言っているの?」
細く枯れた声を発した。同一人物とは思えないくらい幼い声だった。体を震わして、バランスの取れなくなって倒れそうになった体をオルガンの蓋に手を当てて支える。
「僕は最初から、偽りのない真実だけを言っています。……場所を変えましょう。次の舞台は――校長室です」
そう言って馨先輩は扉の方へと進んだ。
ちーちゃんの姿は既になくなっていた。
沙耶はしばらく呆然とした後、黙って馨先輩の後を追った。
私も駆け足で音楽室を出て、馨先輩について行きながら階段を駆け上った。
馨先輩が向かった先。そこは――。
『禁断の四階』だった。
まだ普段の生活に戻るには、早いようだ。