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先輩

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 沙耶は声のトーンを下げてそう言った。下を向いているが悔しそうな様子はなく、寧ろ声には笑いが混じっているように聞こえた。
「どうやって、ここまで辿り着いたのかしら?」
「僕の独自の調査と、ちいさんによる証言です」
 馨先輩はドアの方を指差した。そこにはちーちゃんが壁に寄りかかって私たち三人の様子を横目で見ていた。
 ちーちゃんが馨先輩に話した内容は、ほとんど私がちーちゃんに話した内容だろう。
「まぁどうやって調べようと、全て終わったことよ。もう私には……何もないの。早く警察にでも知らせなさい」
 沙耶はさっきの私と同じようなことを言った。あんなに自信たっぷりに馨先輩の話を聞いていたのに、この豹変振りはなんだろう。
「あなたの目的は、なんだったのです」
 馨先輩はさっきまでの攻めた言い方から、哀れむような優しくて細い声に変えて沙耶に聞いた。
「あなたとの……子供を作りたかった」
 彼女の声は、人形でもなければ、何人もの生徒を襲ったり殺人を犯した者の声ではなく、どこにでもいるまだ大人になりきれていない女子中学生の声だった。
 結局――彼女も私たちと同じように、馨先輩の事が好きだった、ということなのか。一般的なストーカーの犯行理由はよく分からないのだが、最終的には皆、いき過ぎた好意や愛情が原因なんじゃないだろうか、と私はその時思った。
 人を好きになったり、憎んだりしない人は、ストーキングはできない。
 彼女も好きという気持ちが強くなりすぎた結果、こういう事態になってしまったんだと思う。
 だからといって、人を襲ったり殺人が許されるわけがない。
「始業式が始まる何日か前――春休みのこと。私が登校拒否している件について学校に呼び出されたときの帰りのこと。ちょうど桜の花が咲き始めた頃だった。校門を出ると、そこには銀色の髪をしたあなたが立っていた」
「僕もその日は、編入の手続きやらでちょうど学校に来ていたからね」
 桜の木がある正門の前で、私が馨先輩と知り合う前に彼女は馨先輩に会ったのだ。始業式の帰りの私と同じシチュエーションで。
「初めて出遭った時、私はあなたのことを若い頃の父かと錯覚した。タイムスリップをして、父に会ってしまったんじゃないかと本気で疑った。でも、聞けばあなたは名前も違った。それにその日が初対面だったのにも関わらず、私のことを知っていた」
『もしかして――龍ヶ崎、沙耶さんですか?』
 馨先輩はそう聞いたのだという。
「好き、という感情とは違ったと思う。ちょうど父が亡くなって一ヶ月が経った日で、私は父が恋しかった。もう一生会えないと思うと、あまりのつらさに外にも出られなかった。そんな時に父――いいえ、父と似ている人が目の前に現れた。すぐにはその状況を現実とは信じられなかった」
 彼女は自分の過去について語りながら、泣いているようだった。
「貧乏で毎日のように借金取りに暴力を受けていた父は、ある方法によって地位も財産も手に入れることが出来て、私も幸せになれた。でも――父は、私を利用して自分は頂点に立ったんだと思い悩み、ある日突然、私の元から消えてしまった。私は利用されたなんて思ってもいないし、その方法によって幸せが得られたのだから、これからは父と二人で幸せに暮らせると思っていたのに。父が私から離れていってしまった方が、何倍も辛くて苦しかった。毎晩のように泣き続けた。それでも、当たり前だけれど……そのまま父が帰ってくることは二度となかった」
 父は殺されたのよ、と言って彼女は床に膝を着いて泣き崩れた。顔を天井に向け、懺悔をしているかのように続ける。
「絶望を味わったようだった! まだ貧乏なままのほうがよかった! 私には父しかいなかったのに! 私にとって父は最高の人だったのに……。父の死に顔も見れなかった。私は、父に何の恩返しも出来なかった……」
 彼女にも自分の大切な人が殺されてしまった経験があったのか。しかもそれは肉親だ。今の私以上につらい経験をしたのかもしれない。
 しかし――もしそれが真実だったとしても、リンを殺す理由にはなり得ない。それは単なる八つ当たりのいいわけでしかない。
 室内にはほとんど光がなくなっていた。窓の外から漏れる街頭の光や、まだ不完全な月光のおかげで、なんとか誰がどの位置に立っているのかだけは判別できた。
「私はあなたと会ってから考えた。どうすれば亡くなった父が喜んでくれるか。私に出来る事は何か……。それであることを思いついた」
 沙耶は膝を床から離し、ゆっくりと立ち上がった。長い髪が流れるように背中へ一つにまとまった。
「私は父に精一杯の愛情をもらって育てられた。だから――今度は私が、父を育ててあげよう、と決めた」
 父に似たあなたと、私の間に産まれた子をね、と沙耶は言った。
「そんな必死の思いの私に刃向かうかのように、軽い気持ちや恋愛感情なんていうふざけた理由で、あなたと付き合おうとする人たちが許せなかった。ちょうどこの部屋に盗聴器を仕掛けていたお陰で、早速あなたと付き合おうとする生徒達を発見出来た」
 その日から私は『黒い男』となったのよ、と言って彼女は笑った。
 最初に私と対面したときの、自信たっぷりの口調に戻っている。まだこの状況を打破する策があるとでもいうのだろうか。
「私はそれから学校が放課後になると、盗聴器で音楽室内の会話を聞き、部活が終わったら五人の中の一人を選んで帰り道をずっと追っていった。それを毎日繰り返していたわ。
 でも――どの生徒も、あなたを好きになった理由は、かっこいいからとか優しいからだのとしか言っていなかった。ただ遠くから見ているだけなのに。一言も話したこともないのに。結局どいつもこいつもドラマや漫画のようなことを現実で再現しようとしてるか、ただ単に人肌が恋しいだけなのよ。信じられない。恋愛なんて、あいつらにとっては一つの遊びやストレス発散でしかないのよ!」
「じゃああなたが思う、付き合うという行為はどういうものなんですか?」
 馨先輩も再びキツい口調に戻し、彼女に聞いた。
「付き合うなんて行為自体、元々必要のないことよ。まぁ婚約は社会的に必要かもしれないけれど、男女の関係なんて結局は子供を産むためだけのものなのよ。それがなかったら、ただの一時的な快楽でしかないわ。所詮はお互いの傷を舐め合う愚かな行為なのよ」
 沙耶は再び調子を取り戻し、私に向かって言ったことを馨先輩にも言った。
「もうこれぐらいでいいでしょう? 私の証言が取れて、あなたはもう満足ではないのですか? 早く終わりにしてください。これで、あなた達はまた普段通りの生活に戻れますわ」
 普段通りの生活というものが、いったいどういう生活だったのか、私はここ何週間か様々な出来事が一度に起こった所為で、感覚が麻痺してしまっている。今現在ですら、何が起こっているのか冷静に判断できていない。
 ただ――今この状況が終わった時、リンの死に直面しそうで怖かった。馨先輩はそういう意味でも私にこの場にい続けること、つまり自分の傍に残るように言ったのかもしれない。
 この先――私は、馨先輩と今まで通りに会ったり話したり出来るのだろうか?
作品名:先輩 作家名:みこと