先輩
2
――リンゴには、大切な人がいます。
リンゴも小学生の頃は「友達百人作るぞ!」とか「クラスの人気者になるぞ!」とか思っていましたが、リンゴももう中学生です。大人です。たくさんの友達を作ったり、たくさんの友達に好かれたりするより、本当に好きな人だけと一緒にいる方が楽しいのです。
あなたは、私にとって理想の女性であり、最愛の相手でした。
あなたがいるから、リンゴは今日まで生きることが出来ました。
リンゴにとって、生きていることは苦しみであり、常に生と死を彷徨っていました。
それでもあなたがいてくれたお陰で、あなたの傍にいられたから、リンゴは生き続けられたのです。
あなたと二人で横になって眠るのが、リンゴの夢であり、理想のカタチでした。
あなたの目の前で死ぬことが出来たら。
あなたの手でリンゴの鼓動を止めてもらえたら――。
それがリンゴの一番の望みです。
※
彼女は吹奏楽部の部長でもあり、りんごの憧れの沙耶先輩です。
先輩は、いえ――お姉さまと呼ばせてもらいます。お姉さまのことを知ったのは、部活での噂が始まりでした。
出席していないのに部長を務めている。サボっていても偉大になれるなんて……いえ、お姉さまは病気で入院していたから、というのが後に聞いた部活欠席の理由でしたが。ともかくリンゴにとっては、そんなお姉さまがカッコよかったのです。
ある日、お姉さまからの手紙が下駄箱に入っていました。
お姉さまのメールアドレスが書いてあり、リンゴはすごく嬉しくなりました。部長さんと話すことが出来る! そのまま恋人になってもらえたら……ちょうどその日は携帯が鞄に入っていたので、手紙を読み終えた瞬間すぐにお姉さまにメールを送りました。その夜、お姉さまから返事が届いたときは、ぴょんぴょこ飛んで喜びました。
お姉さまの文章は綺麗で、まるで西洋のお嬢様のような「ベル薔薇ちっく」でした。この時点で既にリンゴはお姉さまのことが好きになっていたのかもしれません。
数日間メールをし続けると、お姉さまは直接会って話そうと言ってくれました。そのメールを読んだときは、正直、若干恐怖感がありました。リンゴのような小さくてロリロリな姿を見て、お姉さまが幻滅してしまわないか――。逆にお姉さまが勝山先輩みたいに見るからに怖い人だったらどうしようか。
その時はまさか付き合えるなんて思ってなかったし、不安が募りましたが、それでもリンは頑張って待ち合わせの図書館書庫へ行きました。
そこには――正にリンゴの想像通りの、綺麗な綺麗な美人の先輩が立っていたのです! りんごはすぐさま一目惚れしてしまいました。文章だけでなく、姿も本当にお嬢様だったのです。
そして私たち二人は、そこでお互いの気持ちを伝え合い、そのまま付き合うことを約束しました。
リンゴは嬉しくて、思わずお姉さまに抱きついてしまいました。お姉さまはみーちゃんよりも背が高くて、大人なボディラインでした。何の花の匂いかはわかんないけど、すっごくいい香りが先輩の体からしました。お腹周りもモデルさんのようにくびれててびっくりしました。
お姉さまはリンゴを白くて細い手で優しく包んでくれました。ママとは違った、暖かいぬくもりがしました。眠くなってしまうくらい、落ちつく暖かさ。ずっとこのままでいたい――。お姉さまと一緒にいたい――そう思いました。
元々その日は放課後に会う予定だったのですが、どうしてもりんごは先輩に会いたいので、授業には出ず、午前中からお姉さまと二人で図書館の秘密のお泊り部屋に入り、二人で色んなことを話しました。みーちゃんのことも話しました。お姉さまもみーちゃんを気に入ってくれたようで、安心しました。
放課後、お姉さまはりんごに大人な恋愛を教えてくれました。
アイマスクでお姉さまの姿が見えなかったのが残念でしたが、何とも言い表せない、不思議な気持ちを体験できました。
お姉さまが帰ってしまった後、みーちゃんがどうやらりんごの携帯を見たらしく、すごく心配そうに迎えに来てくれました。別に心配しなくても、お姉さまはちょっとSなだけなのに、どうしてみーちゃんはあんなに慌てていたのでしょうか。
そういえば会う前に、「携帯の画面を送信メールの画面にしておいて」とお姉さまが言っていたのは、みーちゃんも書庫に呼ぶためだったのかもしれません。でもみーちゃんは勘違いしちゃったみたいです。
それから三日間、夢のような生活が続きました。
公園に映画館、ショッピングモールやお花畑。オケストラの演奏も聴きました。渋谷や原宿、秋葉原にも行きました。三日間全てお姉さまと朝から夜までずっと一緒にいれました。
こんな夢のような生活が、一生続けばいいのにと思いました。
でも。
現実はリンゴを苦しめ続け、夢を覚ましてしまうのです。
リンゴは、そんな彼女のことを本気で好きにはなれませんでした。
一目惚れしたのも、すごく好きだったのは本当です。ずっと一緒にいたいとも思いました。でも、リンゴにとってのお姉様はあくまで「憧れ」であり、近い存在といったら「母親」か「お姉さん」のようでした。
結局、私が本気で愛せたのは、あなたただ一人だけだったのです。
そんなあなたの瞳から、リンゴの姿が消えてしまった今、リンゴは――。