先輩
※
「……あいつ、帰ってこねぇな」
あぁ、と言ってスキンヘッドの男はしゃがんでタバコに火をつけた。
「今頃血だらけになった頭を灰皿にでもされてるんじゃね?」
「ははっ。それだったら俺も使いてぇや」
ふん、と太った方は言って、ぼりぼりと白に近い金色に染めた長髪をかいた。
「あいつってさ、無謀なことするよな」
「あぁ――始業式ン時騒がせたのも、あいつ一人の仕業だっけか?」
「何やってんだか。結局、あそこにいた小娘二人にいいとこ見せたいがために、あんなガキのようないたずらしたってか。呪いの手紙じゃあるまいし。……馬鹿だよな」
「そんな馬鹿ないたずらに、本気で反応してた俺達もかなり馬鹿だけどな」
スキンヘッドの男は言葉をなくし、はぁとため息と同時に煙を吐いた。
「でもなんであいつ、あの人の名前知ってたんだ?」
「学校の名簿から見たんだろ?」
「見ただけじゃ誰が誰だかわかんねぇだろ」
「学校で知り合ったとか?」
「馬鹿。あの人学校一回も行ったことねーよ」
「あ、そうか。……そうだよな」
「なんか、お前いつもより元気なくね?」
スキンヘッドの男は、太った男の顔を覗く。太った男は地面に視線を向けたまあ、タバコの灰を落とした。
「おい、何があったんだよ。俺にも言えないことなのか……?」
「いや、そうじゃねぇけど……」
「なら教えてくれよ」
「……俺のオヤジがさ、薬中で北に入院しちまったんだよ」
スキンヘッドの男はその言葉を聴くと、持っていたタバコを床に落としてしまった。
「待て――。俺のオヤジとお袋も同じだ。いや、入院じゃない。たぶん――殺されたんだ」
「なんだと!?」
「俺らだけじゃない。Dクラスのやつらの親が、どんどん消えてってるんだ」
「なんだよそれ!? ――待てよ。てことは、あの小僧が東に乗り込んでるのも――」
もしかして、と男が言おうとした途端、マフラーを改造に改造を重ねたと言わんばかりの爆音を鳴らしながら、漆黒のビッグスクーターが遠くから目の前に一瞬の間に移動してきて、そのまま停まった。
男は慌ててたばこの火を足で踏み消し、二人でバイクに視線を向けた。
足元まで長さがあるスカートに、真っ黒いヘルメットを被った女がバイクから降りながら、
「おいおいおいおい、なんだってんだよ! 白髪の小僧に至急来てくれとか言われて久々に飛んで来たってのに、お迎えに来てくれたのはポンスケ二人組みかぁい?」
地方の独特のなまりが混ざった発音で女は言った。
「ぽ、ポンスケ?」
「おめーら、あのガキのパシリか? それとも手下? ……はぁ、馬鹿だねえ。お前らみたいな漫画に出てきそうな、ガキが憧れるゲスな不良を味方にするなんて。あの小僧は目がいかれてんじゃねぇのか?」
女はぶつぶつ文句を言いながらヘルメットを取った。そう言う彼女だって馨に頼まれてここに来たのではないのだろうか?
ヘルメットの下からは、まるで女子プロの世界チャンピオンかと思うくらいゴツイ顔が出てきた。この顔を見ただけで大抵の不良は頭を下げて逃げてしまうだろう――というぐらい強張った顔をしている。
「あ、あんたは――」
「か、勝山さん……! あなた、普通の学生に戻ったんじゃ」
女は二人の男の目の前にヘルメットを叩きつけて怒鳴った。
「あたしが狭い家に毎日引きこもってかりかりかりかりきたねぇ字で教科書写してるとでも思ってたのかハゲ! ――まぁ、少しはやってたけどよぅ。でもよ、こんなひどいことになってて黙ってられるわけがねえんだよ。これぐれーの抗争のためにどれだけ鍛えてきたか、思い知らせてやっかんな」
勝山はボキボキと指を鳴らした。
やっぱりこの人は女じゃない、と二人は思ったが、とても口に出してはいえなかった。
その時――。
鼓膜を刺激する音が一瞬聞こえた。三人は反射的に音の鳴ったビルの上の方に顔を向ける。
「銃声だ!」
「あいつ、ほんとに撃たれたのか……!? お、おい、俺ら行かねぇとまずいぞ!」
「おめぇらは来んじゃねぇ!」
いきなり勝山が怒鳴ったので、二人は、はい、と言って腰を抜かしそうになった。
「ヒガシは危ねぇやつらばっかだけどなぁ……だからこそ、殺し甲斐があるってもんなんだよ」
勝山はそのまま扉の方へ向かった。
「こ、殺すんですか……?」
「安心しろ。死ぬときは病院で静かに死なせてやるからよ。家族にめそめそ泣かれながら成仏するがいいさ! お前らはそこであたしのバイクをちゃんと見てろよ。盗まれたらお前らもお陀仏だからな」
勝山はそう言うと、扉を蹴破ってビルの中へと入っていった。
――この人を怒らせたら本当に殺される。
そう二人は本能で感じながら、唖然とした表情で建物を見ていた。