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先輩

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 女は眉毛を五ミリほど歪ませ、困ったような表情をした。
「いったいそれは、どんな状況なのでしょうか……?」
「現在、四つのビルにいる組長のうち二人が亡くなられました。このままだと全員殺されます。これは絶対です」
 女は馨に向けていた視線をやっと逸らして俯き、手に持った書類をぱらぱらと捲った。思い当たる節があるのか、かなり動揺しているようだった。
 しばらく時間が経った後、女はまた視線を馨に合わせて、
「了解しました。面会時間は五分のみとさせて頂きます。尚――再度忠告しますが、くれぐれも山田様の精神を乱すような発言だけは控えて頂くよう、お願いします」
 そう言って扉の鍵を開けた。
 馨は黙ってゆっくりと開かれた扉の中へ入っていった。
 一階と同じぐらいの広さの部屋の中には、外国の貴族の家にありそうな豪華なじゅうたんや、純度の高そうな金で装飾された置時計やらテーブルが置いてあった。壁も豪華な柄の壁紙で覆われ、照明は天井から吊り下がったシャンデリアだった。
 広さは同じでも、一階の部屋とはまるで別世界のようだ。大きなソファには一匹のネコが気持ち良さそうに横になっている。この場には似合わない、丸々太った三毛猫だった。
 その正面に、白いカーテンで覆われた、全く部屋に馴染んでいない真っ白なベッドが置いてあった。病院においてある、一般的な医療用ベッドだ。
 ベッドの横には薬の紙袋やコップが置いてある金属製のテーブルと、点綴がつるされていた。
 恐る恐る歩み寄る。ベッドからは気配がしなかった。
 ベッドの傍に来たことろで、人影がぼんやりと見えたのと同時に気配も感じられた。
 馨はゆっくりと――自分の意思に反するように――白いカーテンを開けた。
 そこには――何本ものチューブで繋がれたマスクをつけた老人が横たわっていた。実際の年齢はそこまで老いてはいないのだろうが、病気の所為で衰退しているのか、目元には何本もの深いしわが刻まれている。
「お久しぶりです。……山田組長」
 馨がそう告げると、山田はだるそうにゆっくりと瞼を開き、自分の手でマスクを取り外して口をゆっくりと開いた。
「……あいつの――次男の方か」
「分かってくださいましたか」
「銀色の髪をしたやつなんて、あいつぐらいしかおらんよ。まぁ、長男は黒髪だったがな。それにお前さんは顔が整っている。誰が見たってあいつとあの女の息子だと分かるさ」
 光栄です、と答えた馨は頭を下げた。
「……今更、何を聞きに来た?」
「言わなくても分かっているんじゃないですか? 僕がこうしてここにくることも、あなたの計画に組まれているはずです」
 山田は目を閉じ、ううんと低い声で喉を震わした。
「……さすがだな。あんたを産んだあの女を生かしておくのは……あいつにとっても、私にとっても危険だった」
「僕が生きているのは危険じゃない、と?」
「充分危険だと思ったさ。だが――お前を殺すことだけは、あいつが許さなかったんだよ」
 馨は山田の言葉で、彼にしては珍しく動揺した。
「あの人が、僕を……庇ったというのですか!?」
「庇ったわけではないな……」
 山田は言い終わると同時に大きくむせた。
「…お前はあいつのただのコマでしかなかったんだ。彼が庇ったのは――」
「しかしそんな彼が、自ら命を絶ってしまうとは……。いったいどういう心境だったんでしょうね」
 馨は無理矢理山田の言葉を遮って言った。
 山田は馨の質問には答えず、しばらく黙ってからはっきりとした発音で逆に聞いた。
「馨――。明日の夕方五時に、私の代わりに学校の四階へ行くんだ」
「……何を、学校でしようとしていたのですか?」
 山田は口を結び、再び黙り込んだ。
「まさか……」
「そのまさかだよ。私はこの通りとても動ける状態ではない。それに、俺が明日行ったところで、彼女は何も変わらないだろう。それを変えることが出来るのは……やつの息子である馨、お前しかいない」
 馨は何と答えればいいのか分からなくなり、目を泳がせた。
「私の目的は叶わなかった。それどころか娘の傷を広げる一方だった。――あいつと同じだな。結局私はあいつを利用していたつもりだったが、あいつは俺の言うことに従うフリをして、自分と同じ罪を私にも思い知らせようとしていたのかもしれないな」
 山田は肩を微妙に揺らして声を出さずに笑った。
「それと――お前はひとつ勘違いをしている」
「勘違い……? それは?」
 山田は身を起こして馨にその真実を伝えた。
 
 馨はさらにひどく動揺した。ベッドに両手をつき、山田に顔を近づけて必死に問い質した。
 しかし、山田は笑うばかりで答えようとしない。
「もしあいつが警察に捕まったら、俺は悔いなく死ねるよ。だから……頑張れよ、馨」
 からからと笑いながら山田は手元にあった薬二錠をビーカーに入った水で喉へ流した。その瞬間――、山田は倒れるように元の寝ていた位置に戻ったかと思うと、その口は永遠に開かなくなってしまった。
「まさか……?」
 馨は山田の体を左右に揺らす。しかし山田は何の反応もしなかった。
「明日の夕方五時……。決着をつけるとしたらその時か…!」
 馨はそのままベッドの横に座り込み、頭を抱えた。
 座り込んだのと同じタイミングで扉が軽い音で二回ノックされ、
「お時間になりました。失礼します」
 相変わらずの淡々とした口調でそう言いながら、女が入ってきた。
「……!」
 女はその場で立ち止まり、目を思い切り開いて山田の眠っているベッドを見ていた。
 ばさばさと、女の持っていた書類が床に落ちた音がした。
 
作品名:先輩 作家名:みこと