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先輩

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「そうなの。その先輩、女の先輩なんだけど、プロレスやってそうなぐらいゴツいんだよ。でもすっごい優しいの。人は見かけで判断しちゃいけないね。ばんそうこうもマイメロのかわいいやつだったし」
 Dクラスは元々女生徒がかなり少ないし、そんな特徴的な人なら、一度くらいは近くで見たことがあるかもしれない。目が合って死ぬほど怖かった覚えがある。
「それからリンゴと会うたびに笑顔で『りんごちゃん、こんにちはぁ』って言ってくれるの。今使ってる筆入れも先輩がくれたの」
 男みたいな体つきをしているのに、かわいいものが好きみたいだ。意外な組み合わせがなんだかおもしろくて私は笑いそうになった。
「そんなだから、今日はDクラスは関わるにも関われないはず」
 リンを信じて、私はまた三年校舎の方へ歩き出した。
 しかし、下駄箱に近づいたところ、そこには人が数人立っていた。
 私は再び立ち止まってリンに聞いた。
「ねぇ、リン。あれって誰がどうみても……」
「ん? ん〜、確かにあれは――」
 Dクラスの人たちデスね、とリンは半笑いで言った。

 思っていたとおり、この問題にはDクラスが関わっていたようだった。
 彼らはすぐに私たちがいることに気付き、
「おい! お前ら、なんでそんなとこにいるんだ! 教室から出るなって言っただろうがこの野郎!」
 ダミ声で叫びながら、Dクラスと思わしき生徒はこちらに向かって走ってきた。
 私は反射的にリンの手を握って、小学六年生の時に出場した県南体育大会の時のように、全速力で逃げた。
 玄関にいたDクラスの生徒は二人だけだったし、二人とも見るからに重そうな体系をしていたので、私の足の速さなら逃げ切れそうだった。
 とはいっても、ずっと逃げていたら相手も仲間を呼んできそうだし、リンもこのままでは危ないと思う。リンの今の状態は走っているというより、引き摺られているといったほうがいい。もちろん引きずっているのは私自身だが、私が引っ張っていかないと、リンの足の遅さなら絶対に捕まってしまう。そうしたら何をされてしまうかわからないし、想像したくもなかった。
「みーちゃん! は、早いよ! リンゴ、自分で走れるから、大丈夫だから、放してよ!」
「ごめん、リン。今だけは私から離れないで!」と言ったが、リンは納得していないようだった。繋いでいる腕を離そうと、ぶんぶん振り回すから余計に危なくてしょうがなかった。
 とりあえず、充分に距離を置いたらどこかへ隠れよう。どこがいいか。相手が男なら女子トイレはどうだろう。
 いや駄目だ。相手はヤクザだ。女子トイレでも関係なく普通に入ってくるだろう。それにトイレに入ってしまったらもう逃げ場はないし、助けも呼べなくなってしまう。
 私は無意識のまま二年校舎の方へ走った。そのまま三階まで階段を駆け上がり、やっと自分の足にブレーキを掛けられた場所は、音楽準備室の前だった。
 ドアノブに挿しっぱなしにされたカギを乱暴に引き抜き、リンを抱き抱えるように中へ入り、内側のカギを締めた。
「リン、ごめんね。無理やり引っ張ってきちゃって」
「ちょっと痛いけどダイジョビよ。でもみーちゃんのスピードってこんなだったんだ……。まるで新幹線並みだよ〜」
 私とリンは二人とも薄暗い準備室の床に、ぺしゃんと座り込んで息を切らしていた。
「ここにいれば、あいつら追ってこないかなぁ?」
 わからない、と私は答えた。でもあの二人の足音が聞こえなくなるほど、私は距離を空けられたのだ。どこに行ったかなんて二人にはわからないはず。
 足が速いという長所が、まさかこんなところで役に立つとは思わなかった。
 それよりも、二年生最初の日に、こんな事態になるとは思わなかった。
 準備室は蛍光灯をつけないと、昼間でも靄がかかったように薄暗い。ロッカーの上と天井の隙間にある、横長の小さな窓が唯一の光の入り口である。
 結局――私たちは三年生の緊急学年集会の謎に迫る前に逃げてしまった。あの状況では逃げない方がおかしいが。
 もしこの暗闇のどこかに、音楽室に立っていた人形のような女生徒が潜んでいたら、私は恐怖で失神してしまうだろう。顔を上げたら本当に目の前にいるんじゃないかと思い込んでしまい、恐怖で俯いたまま顔を上げることが出来なかった。
 お互い呼吸が正常に戻ってきたあたりで、リンはすっと立ち上がって、スカートのおしりの部分をはたきながら突然聞いてきた。
「ねぇ、みーちゃんはさ……好きな人、今いる?」
「えっ……? 何よいきなり。好きな人って、気になってる人ってことよね…?」
「餅モチロン」
 気になっている人。好きな人。付き合いたいと想っている人。そんな人、私には……。
「私は十三年間生きてきて、本気で誰かを好きになった事はないわ」
 私はリンの眼を見て、断言するようにはっきりと言った。
「うにゃ? ……てことは、幼稚園とか小学校のときも?」
「まぁ……、好きになったことはあるかもしれないけど、所詮は幼稚園児や小学生の頃だし。サッカーやってるとか、ちょっと頭がいいだけで、カッコよく見えたりするじゃない。それに私の場合は、周りの女子が注目してるから自分もその流れに乗って、仲間になりたいから好きになる、とかそういう理由だったし。そういうのは本気とは言わないでしょ? だから、やっぱりまだ好きになった人はいないんだと思う」
 母に最近聞いた話だと、私は幼稚園に通っていた頃はほとんどしゃべらなくて、常に無表情で笑顔ひとつ無い、まるで人形のような子だったらしい。猫とじゃれあっている時にくすっと笑ったぐらいだったと言う。小学校に入ってからはリンと知り合ったので、私にも表情がついた。リンは小学生の頃からこの性格だったから、無表情の私もリンがおかしくて、思わず笑ってしまったのだろう。
 そう考えると、今の私があるのは彼女のおかげだ。もし私がリンに出会ってなかったらどうなっていただろう。今でも表情がない、すごく暗い人間になっていたかもしれない。あるいは登校拒否をしていた可能性もある。
 だから、私は好きな男の子がいなくても、リンと一緒にいるだけで充分幸せだった。確かに誰かをかっこいいと思うことはあるが、付き合いたいとか、一緒にいたいとは思ったことがない。そもそも付き合うということが、どういうことなのかいまいちよくわからないのだ。
 リンは――私の事をどう思ってくれているのだろう。
「好きになることに本気もウソもないよ。誰かと会ってドキッとすれば、それは好きってこと。難しく考えちゃあ駄目だよ!」
 リンはちょっと怒っているのか、むっとした顔をしている。
「じゃ、じゃあリンは誰かを好きになったことがあるの?」
 リンは瞬時に笑顔に変わって、
 
「リンはね、みーちゃんが好き」
 と言った。
 きっと――リンも私と同じことを思ってくれているんだと思う。
「ありがとう。私もリンが好きよ。一番大切な……親友ね」
作品名:先輩 作家名:みこと