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先輩

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   2
 
「今週の土曜日に、デートに行く予定だから、みーちゃんも連れてってあげるよ!」
 笑顔でそう言うと、リンは家の中へと入っていった。
 あの後――意識が完全に戻っても、リンはその恋人について一切話してくれなかった。
「今はまだ秘密なのです」とか「キンソクジコウです」とか言うだけで、質問には何も答えてくれない。結局、最後まで恋人が誰かすらも話してくれなかった。ただ、いくつかヒントをくれた。しかし、そのヒントというのも、
 一、 カオルクンではないヨ
 二、 でも、とてもかっこよくて綺麗な人ですのよ
 三、 みーちゃんもご存知ですわ
 四、 有名人なのです
 といった、大して答えに導かないないものばかりだった。
 有名人ということは、テレビに出ている芸能人や歌手のことだろうか。そんな人がうちの学校にいるのか? いや、もしいたらクラスでかなり話題になっているはずだ。
 校内の有名人……。
 大和田先生は私も知っているし、色んな意味で有名だが、まずかっこいいとか綺麗とは――まず痩せないことには――とても思えないし、リンの好みのタイプではないはずだ。
 そうやって絞っていくと、やっぱり馨先輩一人しかいない。しかし馨先輩ではないとリンは言うのだ。
 考えは一向にまとまらず、リンの恋人の正体は未解決のままだった。
 しかし書庫に行って良かったとは思う。もしリンがぼろぼろのワイシャツ姿でこのまま眠ってしまっていたら、お母さんにも心配させてしまうし風邪を引いてしまうだろう。そうなってしまってはリンもつらいし、私も辛かった。
 リンが学校に来てくれないと私の精神が持たない。社会の授業がない日はまだ平気だが、そうでない日はそれこそ今日のリンのように一日中授業に出席できないだろう。
 いや、私のことよりも問題があるのはリンの方だ。いくら彼女が受け入れているといっても、リンの彼氏の行為は乱暴すぎだと思う。ワイシャツや下着を刃物か何かで傷つけることに何の意味がある? 少なくとも私には全く理解出来なかった。リンが望んで切ってもらったとも思えない。
 あの時リンが気を取り戻した後――とりあえずこの格好で外に出られないだろうし、冷えてしまう。四月といってもまだ冬の寒さが充分残っている。私は扉の鍵をしっかり閉めて、上着を脱いだ。
 何をするか伝わったのか、リンはふくらはぎのあたりまで下がっていたショーツを戻し、スカートの位置を正した。下半身はこれで大丈夫だろう。問題なのは上半身だ。今この時だけでも私の下着とワイシャツを着せてあげたかった。私は寒がりではないので、下に何も着なくてもブレザー一枚だけで帰りだけなら平気だろう。
 しかし――誰がどう見ても私とリンの体格は違う。
 ワイシャツは大きすぎて袖が有り余っている。逆に下着はリンには小さすぎて胸が押しつぶされている。「うぐぅ〜」と苦しそうにリンは声を出した。私とリンの胸の大きさには、ここまで差があったのかと痛感させられた。
 下着はさすがにあきらめ、鞄の中に入っていたタオルを胸の周りにぐるぐると巻き、ワイシャツは私が着ていたものを着せてあげ、ブレザーを上に羽織ってはみ出ている部分を腕まくりして無理やり隠した。
 「ほわー、なんだかもわもわするぞ〜」
 リンにワイシャツを渡してしまった私は、逆に下から風が吹いてきてどこかに穴が開いてしまったような感じがする。いくらなんでもこれでは寒い。それに周りの視線が気になるので、ちょうど鞄に入っていた体操服を下に着た。
 首の傷にばんそうこうを貼り、お母さんには「適当に誤魔化したほうがいいよ」と伝えた。
 締めていた鍵を再び開け、正面から出て行くのはさすがにまずいので、反対側の非常口と書かれたドアから外へ出た。
 リンは酔っているような、ふらふらとした足取りだったので、手を握りながらゆっくり歩いてあげた。
 今日はこのまま部活を休んで家に帰ろう。
 リンもこの状態ならすぐに家に帰って休んだほうがいいと思ったので、家まで送ってあげることにした。
 リンの家までの道を歩いていると、リンが繋いでいた手を離し、恋人のように私の腕に自分の腕を回して体をぴったりくっつけ、
「みーちゃんは……永遠にリンゴの、りんごだけのものだからねっ」
 そう言いながらくすくすと笑った。
「なら、付き合ってる人くらい教えてくれてもいいじゃない」
「まだ言えないのです。みーちゃんは特別な人だから言えないのです」
「じゃあ、特別じゃない普通の友達には言えるってこと?」
「そうじゃありません! もうちょっと経ったらみーちゃんにだけは言えるの! 他の人にはどんなにお願いされても教えません!」
 リンは腕から離れ、その場をくるくると一回転した。
「みーちゃんの方こそ、カオル君には告白したの?」
 回転を止め、私の顔を見ながら首を傾けて聞いた。私はぎくりと引きつった顔をしてしまった。
「……出来なかった」
「な、なんで〜!?」
「焦って告白するのもよくないだろうし……私自身もまだ付き合ってどうしたいのかいまいち分からないのよ。それに、馨先輩も付き合うってことがよくわからないって話をしてたし」
「なるほどナルほど……確かにそれじゃあ難しいですなぁ」
 リンは腕を組み、うんうんと頷いた。
「まぁそういうことならしょうがないんじゃないでしょうか? ただ……時間は刻一刻と迫っているんです」
「時間……って?」
 リンはその質問には答えず、さっきとは逆方向に首を傾げた。
 誰かと付き合うということは、こんなにも難しいことだったとは……。最初から思っていた通り、やはり現実の恋愛は漫画のように簡単にはいかないようだ。
「急かしてるわけじゃないけど、やっぱり物事は何事も早めにこなしておいた方がいいんですよ。リンゴも結果を知りたいし。それに、カオル先輩の方から『付き合うってなんだろうね?』なんて話を振ってきたんだから、そうとうイイ線いってると思いますよ」
 玄関の前でリンはそう言い、手を振って自分の家へと帰っていった。私はリンと去った後、夕焼けにも染まっていない帰り道を一人でとぼとぼと帰っていった。
 まだ明るいから大丈夫だろうと思い、近道である団地の中を通っていった。とは言いつつも、またいきなり何者かに襲われるんじゃないかと思い、私は瞬きを何度も繰り返しながら頻りに周りを観察し、そろそろと怯えながら歩いていった。
 ふと、きょろきょろと動かす視界に黒い人影が入った。
 私は恐怖に驚きながらも、無意識にその方向へと視線を集中してしまった。木の根元に設置されたベンチに座る黒い者――。
 なんとそこには馨先輩が座っていた。
 真っ黒な学ランが、ストーカーの黒装束に見えたのだろう。私はほっと安心しながらも、どうしてこの時間、この場所に馨先輩がいるのか素直に疑問に感じた。
 ここ最近、一緒に帰る時以外に馨先輩とは会っていなかったので、久しぶりに心臓が激しく動いた。服装がいつもと違うため、尚更落ち着かない。
 私がじっと立ち止まって見つめていると、馨先輩が気付いてこちらに顔を向けた。
「河井さん……」
作品名:先輩 作家名:みこと