先輩
※
「先輩! リンゴを置いて、先に帰っちゃったのかと思いましたよ〜」
扉を開けた瞬間に、彼女の声が耳に鳴り響いた。不覚にもびくりと体を震わしてしまった。
彼女は――見惚れているのか、じっとこちらを見詰めている。だが、こんな反応をされることなど飽きるほどに慣れてしまった。むしろじっと見られない方がめずらしいくらいだ。
彼女の運命もまた、あの人達と同じように変えてしまうだろうか。
……何を考えている。彼女は情報手段でしかないのだ。情を抱いてはいけない。この子にはあれを使うより、直接手を加えたほうがいいだろう。この先も使える機会があるだろうから。
「言われたとおり……これ、借りてきました」
彼女は頬を赤めながらアイマスクを差し出し、ブレザーをリボンが付いたまま脱いで、床に投げ捨てた。
この状況に恐怖を感じないのだろうか。こんな狭い密室で二人きりだというのに。
――信頼されているのか。想像通りの間抜けである。
所詮彼女は邪魔者排除の道具でしかないのに。
どんなに好かれても、どんなに愛されても、喜びなど微塵も感じない。本気や本命だとかいう言葉なんて、信憑性がない。ただの飾りに過ぎないのだ。そんな言葉に惹かれるような人は、現実を知らないだけだ。
彼女が正にそうだ。漫画やドラマのような架空の恋愛だけを信じ、あたかもそんな恋愛が現実にあると信じきっているのだ。あんな作り物の男女の関係など、希望や夢を具現化しただけ。せいぜい妄想に騙されるがいい。
瞑った瞼の上をアイマスクで覆い、両脇についているゴムを耳に引っ掛けた。
「先輩……」
いちいちうるさい。黙って従えばいいものを。
「リンゴ――先輩が好きです。今日、こうして二人っきりになれただけでも、すごく幸せなんです。だから、今日は何をされてもいいです。先輩がリンゴのことを少しでも好きと思ってくれてるなら……どんな方法でもいいので、その気持ちを伝えてください。リンゴを――愛してください」
本気でこんなことを言っているのだろうか。噴出しそうになる笑いを必死に押さえた。
「分かったよ。じゃあ両手を床につけて」
彼女は背を床に付けるようにしゃがみ、小さな手を体を支えるように後ろにつけた。
彼女のあごをそっと掴んで持ち上げながら、静かに接吻した。彼女の体が大きくびくりと揺れた。
お互いの唇を合わせたまま口を開き、彼女の口の中へ舌を入れる。彼女は驚いたのか再び体を揺らし、小さく息を吸った。静止した彼女の舌に自分の舌を絡ませる。慣れていても、濡れた感触が感情を高める。
彼女は経験がないのかほとんど舌を動かさず、こちらの動きに合わせているだけのようだった。
荒い息が頬に掛かる。桃と苺が合わさったような、良い香りがした。
キスを続けたまま、あごを押さえていた方の手を離し、ポケットからナイフを取り出し、彼女の首筋をゆっくりと撫でる。刃先が首に触れた途端、息をもらし、舐めるように刃を動かすと、力ない声で喘いだ。
痛みを快感と思うなんて、相当なマゾヒストなのだろう。そんな姿を見ておもしろいと思う自分はサディストなのだろうが。
舌を解き彼女の首筋を見る。少し力を入れすぎたか、傷口から血が滲んでしまった。まぁこれぐらいなら大丈夫だ。この方が周りの生徒にも、彼女自身にもショックを与えられるだろう。
僅かに血がついた刃で、ワイシャツを裂いていく。生地が化繊の安い生地だから、紙のように簡単に切り裂かれていく。いい気味だ。裂け目の入ったワイシャツで、人目を気にしながら家に帰るが良い。
「先輩……何をしてるんですか……?」
答えるのが面倒だったので、ワイシャツの上から地肌に刃を立てる。その瞬間、また彼女は超音波のように高い声を、過呼吸のような息と共に漏らした。
いくつもの裂け目を作ったところで、両手でワイシャツを思い切り引っ張り、とまっていたボタンを引きちぎった。雪のように白い地肌と、果物の林檎の柄の下着が露になる。
そして、彼女はそのまま犯されていった――。
アイマスクを取り外すと、彼女は未だに荒い息をたてながら、これ以上にないぐらいの笑顔になったかと思うと、すぐに意識を失った。
残る相手は一人――。
山田の娘であり、正体を知る者。しかし彼女もまた、潰すのは容易なことだろう。
だが、彼女は……いや、だめだ。過ぎ去った過去のことなど気にしている暇はない。
残る邪魔者、山田親子を潰せば――、
あの者とようやく接触する事が出来る。
気を失ったままの彼女を置いていき、奥の非常口から外へ去っていった。