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先輩

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 だが、当の図書委員は監視するといっても、何メートルも離れた受付から見ているだけでは、監視などしていないに等しい。というより受付からの位置じゃ遠いだけでなく、角度的に全く見えないと思う。
 さらには図書委員である生徒も、立場をいかして書庫をそういう理由で利用したという話もあるので、あてにできない。
 鍵さえ手に入れば、誰だって簡単に侵入できてしまうのだ。別に私は入ってみたいとも、その中で何かしたいと思ったことは一度もなかった。
 そんな場所に、男女が待ち合わせしているなんて、する事はひとつしかないだろう。
 しかし――何故こういうことになったのか。
 リンはよく分からないが、馨先輩がそんな行為を簡単にする人には見えない。ましてや学校の敷地内でするなんて、ありえないだろう。
 だけど、人は見かけによらないのかもしれない。「男はみんな狼〜」と言う歌まであるんだ。それに馨先輩の母親が水商売に就いていたのなら、息子も同じようになってもおかしくはない。
 可能性は充分にある――ということか。
 ……駄目だ。そんな結論に至ってはいけない。それでは、今図書館に向かっているのは、リンと馨先輩の関係を、私がぶち壊しに行くことになってしまう。
 馨先輩は私のことをどう想ってくれているかは分からないが、リンは馨先輩が好き等とは一言も言ってなかった。むしろ、私が馨先輩のことが好きだというと、大笑いするほど喜んで応援してくれていたはずだ。
 それなのに――何故なんだ。
 考えたって仕方ない。場所が分かっただけでも幸いだと思おう。
 メールを勝手に見たのは悪いと思うが、こんな行動をする前に私に何も言ってこなかったリンも悪い。自分勝手な屁理屈だが、私はリンの家であんなに馨先輩が好きなことをアピールしたのだ。それを知っておいて、私に隠れてこんなことをするなど、リンがするわけない。
 図書館の扉を乱暴に開け、ずかずかと床を踏み鳴らすように奥へ向かった。またもや前と同じように受付の生徒の睨むような視線を背中に感じた。
 今週のオススメ、今月の新刊、参考書、受験案内、辞書、文学書、ライトノベルの棚が、どんどんと商店街に並ぶ店のように視界の横を流れていく。目の前は次第に闇に包まれていく。
 そして、一枚の鉄の扉の前に着いた。薄暗い中、目を凝らして見ると、扉の上に「書庫」と書かれたブレートが傾いて貼ってある。
 古い本と埃が混ざった匂いが扉の隙間から流れてきて、入るなと告げているかのように、呼吸器官に警告を下した。
 ここを開けば――リンと馨先輩がいる。
 私は肺にたまった空気を全て捨てるかのように息を吐いて、再び大きく吸って、肺に汚れた空気を送った。埃が口の中に一気に入ってきて、すぐにむせた。
 何とか咳を抑え、口を押さえながらドアノブに手を置き、ゆっくりとひねった。鍵は、掛かっていないようだった。ごくりと漫画のような唾を飲む音をたて、重い扉を思い切り引いて開けた。
 僅かな隙間から流れていた臭いが、何倍にもなって一気に目の前に襲い掛かり、思わず顔を背けて目と口を塞いでしまった。
 ――これでは中が見られない。
 開いた扉を片足で押さえ、右手で口を押さえながら左手で目を擦り、なんとか目を開けられるようになったところで、細目で中を覗いた。
 書庫の中には、左右の壁に立ち並ぶ本棚の間に――。
 小柄な少女が、横たわっていた。
 冷たいコンクリートの床に眠るように、その少女は倒れていた。
 彼女の他には誰もいないようだった。
 ――手遅れだったか。
「リンっ!!」
 私は扉を静かに閉めて、倒れた少女の名前を叫んで呼びながら、少女の頭と背中に手を掛けた。
 倒れていた少女は、やはりリンだった。肩まで伸びる長いストレートの髪が床に垂れ、顔は血が流れていないかのように青白く、目を瞑っている。僅かに空いた口元から、荒い息の音が聴こえる。
 リン、リン、と何度名前を呼んでも、返事はない。ただ、ストローが一本入るぐらいに開けた口が、僅かに動いた。首筋には、刃物で切られたような一本の薄い傷があり、その傷口から血の流れた後がある。止血するほどひどくはないが、赤黒く開かれた傷口が痛々しく私の瞳に映る。
 さらに、ブレザーは床に投げ捨てられ、ワイシャツのあちこちが、縦に切られている。ボタンも乱暴に外されていて、露になった下着の肩紐までもが切られていた。これも首の傷口と同じ、刃物のようなもので切られたようだった。
 スカートには特に目立った傷などはなかったが、林檎柄のショーツが乱暴に足元まで下げられていた。
 ――ひどい。これではまるで、強姦じゃないか。
 しかし、泣き虫であるはずのリンが、一滴も涙を流していない。泣いた後もないようだった。
 怒りと悲しみで、収まっていたはずの震えが再び手に走る。馨先輩がこんなひどいことをするわけがない。
 何者かに騙されたか、嵌められたんだ。そうに違いない。
「……みー、ちゃん……?」
 リンは瞼を薄っすらと開けて、ようやく掠れた声を出した。
「リン! 誰にこんなことされたの!」
「……」
 リンは何も答えずに、そっぽを向いた。
「ねぇ、教えてよ! 私……さっきリンの鞄の中から落ちた携帯を開いて、メールの内容を読んじゃったの。先輩って誰? 馨先輩のこと? でもこの場に来たのは馨先輩じゃないんでしょう? リンを襲ったやつのこと、先生に言いつけるから! 私が絶対許さないから!」
 私は、リンの上半身を抱き起こしながら、思ったことをヒステリック気味に叫んだ。するとリンは視線を私の目に戻し、これでもかと瞳を大きく見開いた。瞳が潤んでいる。
「駄目……。誰にも言っちゃ駄目……」
「どうして駄目なの!?」
「先輩は、悪くないの……」
「だから来たのは馨先輩じゃないの! リンは勘違いしてるのよ!」
 リンの目の端から涙が流れ始め、頬を伝って首元に落ちていく。
「リンゴ、カオルくんと約束なんてしてない……」
「じゃあ、メールに書いてあった先輩って人は誰?」
「リンゴの……」
 リンは口の両端を上げて、幸せそうに笑顔を浮かべながら言ったのだ。
 
「リンゴの、恋人なの」
 ――と。

作品名:先輩 作家名:みこと