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先輩

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 ストーカーの正体がちーちゃんなんじゃないか、と思い始めてから、昨日家に帰ってきてからはそのことばかり考えていた。
 ちーちゃんがどんな性格でどんな子なのか、私は今まで知らなかったし、知ろうとも思っていなかった。ただ、同じ低音楽器だから仲良くしよう、それだけしか思っていなかったのだ。
 ちーちゃんと初めて会ったときの第一印象は、近寄りにくそうな子――だった。
 常に無表情で誰とも話そうとせず、視線は床に向けるだけで、クラスで孤立していそうな暗い子だった。それでも、同じ低音楽器ということで挨拶や授業の話などはいつもしていたが、彼女自身のことについては、何も聞いたことがなかったのだ。
 それでも一年前と比べれば、ちーちゃんは明るくなったし、周りの皆ともよく話すようになっていた。昨日の部活のときなんかも、私の話を聞いて表情がころころ変わっていたし、なんだか――少しずつリンに似てきている気がした。
 そんなちーちゃんが、何故あの場にいたのか。そして、あの光る電飾付の傘は……。
ちーちゃんも正門から帰る生徒だし、私の下校ルートは通らないはずだ。それなのに、あそこにいたのは、私を狙っていたのか?
 いや、もしそうだったのなら、ともちゃんといたときに二人まとめて襲っていただろう。
 しかし、ストーカーの正体がちーちゃんなのだとしたら、いくつか疑問点が残る。
 誰を探しているのか――。
 私の口からストーカーの話を聞いたときの反応は、演技だったのか――。
 何故他の生徒には手を出さず、私とともちゃんを狙ったのか――。
 襲う意味は? そしてどうやってあの場からともちゃんを消し去ったのか――。
 そんな考えが、昨日の夜の私の頭にまとわりついて、睡眠を妨げたのだった。

 四月二十一日。
 消毒液の臭いがうっすらと漂う部屋にある、堅くて冷たいが何故だかそこに寝たくなるベッドに、私は今、薄い布団を掛けて仰向けに寝ている。
 そこは保健室だった。別に具合が悪いわけではない。むしろいつもより良い方だ。仮病と言われれば仮病なのだが……。
 滅多に保健室を利用しない私が、仮病を使って今ベッドに横になっている理由――。それは今この時間の授業が、大和田先生の社会だからである。
 馨先輩と昨日の帰りに話してから、授業を受けるのが怖くなったのだ。言い訳に聞こえるが、あまりの怖さにいてもたってもいられなくなってしまった。大和田先生の顔を思い浮かべるだけで、胃が重くなり、吐き気が襲ってきてしまうのだ。
 出られなかった理由はもう一つある。それは――リンがいなかったからだ。
 休んでいるわけではないようだった。席に鞄と荷物は置いてあったから、学校に来てはいるはずなのだが、お昼を過ぎてもリンは教室に戻って来なかった。
 真面目に受けているかどうかは別にして、リンは授業をサボったりすることは今まで一度もなかった。学校を休むことはあるが、それもインフルエンザにかかったときや、相当ひどい風邪を引いたりしたときだけだ。リンのお母さんが言うには、私が学校を休んだ日はリンも休んでしまうらしいが。
 そんなリンが、授業に全く出ていないなんて……。いったいどこで何をしているのだろう。
 そういう不安もあったから、尚更社会の授業に出られなかったのだ。
 保健室まで大和田先生が来たらどうしよう。もしそれが私の眠っている最中だったら。何をされるかわからない。今は保健室の先生が中にいるから大丈夫だが、出たり入ったりを何回も繰り返している。保健室の先生の仕事も何かと忙しいのだろう。だから絶対に安全とはいえないのだ。今、保健室にいる生徒は私だけだ。
 ――先輩に会いたい。傍にいて欲しい。
 馨先輩のことを思っていると、目が潤んできて、涙が止まらなくなってきた。保健室の先生に心配をかけたくないので、私は必死に声を殺して涙を流した。
 十分ほど経ってやっと泣き止み、泣いた所為で瞼が少しずつ重くなっていき、そろそろ睡眠に入ろうとしていた時、保健室の扉がゆっくりと開く音がした。
「こんにちはぁ」と、中学生にしてはまだ幼い声がした。新一年生だろうか。いや、これは聞き覚えのある声だ。まさか――。
 体を起こしてカーテンの隙間から扉の方を覗くと、そこには、長い後ろ髪を一つに縛った小柄な少女――リンが立っていた。
 私は安心したが、動揺したのも事実だった。どうして私が保健室にいるときにリンも来たのだろう。私を心配してきてくれたのだろうか。それともただの偶然か。
 リンは保健室の中へ入ると横にずれてしまい、カーテンの隙間からは見えなくなってしまった。
「ホケンシツの先生、アイマスクってここにありマスか?」
 幼い声の主であるリンが言った。アイマスク……? いったい何に使うんだ?
 先生も同じことをリンに聞いた。
「えっと……、睡眠学習に使うんですヨ」
 睡眠学習? 私と先生の心境は今だけリンクしている。
「そうです。寝ながら勉強出来るってことを、昨日雑誌を見て学んだんデス」
「でもね、それが出来たとしても、授業はちゃんと受けなきゃ駄目よ。先生が一生懸命教えてくれてるのだから」
 確かにその通りだ。それにわざわざアイマスクなんて着けなくても、リンは授業中、毎回充分に熟睡できている。
「ともかく必要なんです! じゅぎょー中には使わないって約束するから、貸してください!」
 珍しくリンが感情的になって大声を出している。リンが大声をだすことはさほど珍しくはないが、真面目な会話でこんな声を出したのは見たことがなかった。そんなに睡眠学習を試してみたいのだろうか。
 もしかしたら――ピアノの練習で、楽譜を暗譜するのに使うのかもしれない。楽譜をなくしても鍵盤は見えてしまうから、目に頼らなくても弾ける練習をするために使うのだろう。
 分かった分かった、と先生はリンをなだめながら、せっせと棚から薄い袋を出した。きっとリンは今すぐ泣きそうな顔をしていて、先生も承諾するしかなかったのだろう。
「ありがとございますデス! じゃあ終わったらまた返しに来ます!」
 そう告げて保健室から去ろうとしたリンに、先生が思わぬことを告げた。
「あ、そうだ。林檎ちゃん、河井さんと仲良いわよね? 気分が悪いらしくて、今ちょうどそこのベッドに寝ているのよ」
 先生の予想外の発言に私は驚き、慌ててベッドに背をつけ布団をかけた。
「ぐっすり寝てたら別にいいんだけど……ちょっと様子だけでも見てもらっていい?」
 リンが見に来たら、偶々起きた振りをして少し話したいと思った。今日はリンとまだ一言も会話を交わしていないのだ。普段自然に話している分、鞄を置いてどこかへ行っていて会えなかった今日はリンと何でもいいから何か話をしたかった。しかしリンは……。
「えっと――その、お大事に、と伝えてあげてください」
 そう言って、保健室の扉の開閉する音が静かな保健室に響いた。
 リンは――私の元に来てくれなかった。
 なんだか無性に寂しくなり、またもや涙が溢れてきた。
作品名:先輩 作家名:みこと