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先輩

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「ねぇ、どういうこと? ちゃんと私にも分かりやすいように話してよ」
「……それは言えないの」
「どうして!?」
 つい声を張り上げてしまった私を、リンが携帯の画面から顔を上げて見詰めた。
 すると、ちーちゃんは私の問いに対して、恐るべき言葉を発したのであった。
 
「Dクラス以外の人にこのことを話したら……毒殺されちゃうから」
 毒殺――。
 薬物中毒――。
 私はふとひらめいた。
 不在のままの校長、薬物による何人もの死者、黒い服を着て学校の周りを徘徊するストーカー、消えたともちゃんの行方――。
 これらは全て、一つにまとまるんじゃないだろうか。
 ストーカーの正体は、実はDクラスの生徒もしくはヤクザで、女生徒を付け狙う理由は、捕まえて自分達の店で売春させようとしているのではないだろうか? 現実離れしたかなりひどい話だが、ちーちゃんの言う「花嫁」という言葉は、つまりそういうお店に来るお客さんの一夜限りの花嫁――という意味ではないだろか。
 そしてあの日ともちゃんは、ストーカーことヤクザの一員に「花嫁」に選ばれ、拉致されていった。
 それなら私が連れ去られなかった理由もわかる。私は地味で魅力がないからだ。ともちゃんもアイドルほどかわいくはないが、結構男子にはモテるのだ。ただあの強気な性格だから、いつも乱暴に断ってしまうらしいから、彼氏はつくったことがない、といっていた。
 そして、麻薬はヤクザの間で作ったり、入手しているのだろう。
 そう――これら四つの事柄に共通するのは、「ヤクザ」が絡んでいることなのだ。
 現実世界に起こる、非現実的な出来事――。
 その鍵を握るのはヤクザだった。
 しかし……。それが分かったところで、ごく普通の中学生である私が何も出来ないことには、変わりないのであった。
 私は、ミステリー小説に出てくる探偵でもなければ、特殊能力を持った選ばれた人間でもない。所詮私は無力だ。まだ十三年しか生きていない幼くて凡人の私には、謎に迫りたくても、手も足も出ないのだ。
 私が黙って考え込んでしまったのをきっかけに、ちーちゃんはユーフォニウムを手にとって自主練を初めてしまった。
「ともちゃんの場合は、『花嫁』というより『鬼嫁』だよね」
「はは……そうだね」
 メールを終えたのか、携帯をポケットにしまって私の耳元でリンが言った冗談に、普段の私なら声を出して大笑いしているはずなのだが、その時は苦笑いしか出来なかった。
 その後は私とリンも自分の楽器の練習をし始め、そのまま今日の部活は終わった。部活終了の時刻になっても教師たちは忙しいらしく、副部長の簡単な挨拶で解散となり、いつもより五分ほど早く校門前へと向かえた。
 月曜日の今日は、馨先輩と一週間振りに一緒に帰れる。今の私にとっては、ご褒美のような時間だ。校舎が違う所為か校内で会うことはなく、馨先輩と会うのは一週間振りだった。それにも関わらず、今日は何故だかそこまで緊張はしなかった。
 出会ったばかりの頃は、馨先輩のことを思い出すだけで、頭が熱くなって目が回るくらい常に緊張していたのに。そろそろ慣れてきたのだろうか。いや――そんなことを言っていられるのは今だけで、きっと馨先輩の姿を見ればまた先週と同じぐらい緊張するのだろう。とはいえ、緊張しすぎて声が出せなくなったりすることは、流石にもうないはずだ。
 ……待て。何か重要なことを忘れている。
『カオルくんにさ、来週告白してみたらどうカナ?』
 リンは確かそう言っていた。ということは……今日告白するってこと!? 
 急に心臓が活発に動き出してドクンドクンと胸を激しく叩き、全身がカッと熱くなった。手も微かに震え、息が荒くなってきた。
 ――無理だ。
 告白なんて、私に出来るわけがない。
 出会ってまだ二週間程度しか経っていないのに、もう告白するなんて。授業に出ていない教科を、教科書もろくに見ずに試験を受けるようなものじゃないか。そんな状態で試験に挑んでも、もちろん良い結果は出せないだろう。それと同じで、今日に告白したところで良い返事はもらえるわけがない。
 リンは、このまま何もしなかったら距離も縮まらないままで、誰かに先を越されてしまうから――と言っていた。その場でリンに言われた時はなんとなく納得してしまったが、私はそんな、他の子が付き合ってしまう前に先手を打つ、というような理由だけで馨先輩に告白をしたくはない。
 確かにこのまま何もしないままだったら、他に好きになってしまう人もいるだろうし、馨先輩も中学生の男子だ。好きな子一人くらいいて当然の年齢なのだ。告白はしなくても、せめて私が馨先輩を想っていることぐらいは伝えないと――。……って、それを伝えるのが「告白」なんじゃないか。
 あぁ、そうやって考えていった――逃げていったともいえるが――結果、「いきなり付き合ってくださいとは言わず、どれだけ馨先輩の事を想っているか」だけを、伝えることにしたのだった。
 リンだって「今日言えなくても次はいくらでもある」とも言っていたのだから、あせって告白する必要はないのだ。ただ、自分の想いをちゃんと伝えなければいけない時が、いつかは絶対にやって来ることだけは、頭にしっかり入れておこう。
 
 校門の前には――誰もいなかった。
 ということは、今日は私が待つ役になれるのだから、先週の御返しが果たせる。わざわざ家まで付き添って帰ってもらえるのだ。せめて待ち合わせぐらいは私が待つ側にならなければ、失礼極まりない。
 大和田先生のことと、帰りにともちゃんといたときに起こったことは、馨先輩にも話すべきだろうか。後者の方は、恐らく正体はストーカーだから言うべきかもしれない。馨先輩ならちゃんと伝えれば絶対に信じてくれると思えた。
 十分くらい待っていただろうか。学校の外も中も、周りはやけに静かだった。ストーカーだの原因不明の病気で入院した生徒といった恐ろしい話が流れているから、みんな寄り道せず、すぐに家へ帰ってしまうのだろう。
 普段はただの環境音でしかないような、草木が風で揺れる音まではっきりと耳に入ってくる。鞄を肩から下ろし、門に背中をぴったりつけて楽な姿勢にしようとしたとき、
「遅れてごめん! おまたせ」
 馨先輩が学校から走ってきてくれた。
 予想通りというか、こうなる運命だったのか――私は馨先輩のいきなりの登場に飛び上がるぐらい驚いて、心臓はこれでもかと活発に動き始めたのだ。
 一週間振りに見る馨先輩は、なんだか少し疲れているようだった。走ってきたからかもしれないが、そう感じた。薄暗い街頭が馨先輩の銀色の髪を照らす。白髪と黒髪が混ざっているようには見えないから、銀色一色に染めているのか、地毛が遺伝か何かで元々この色のどっちかなのだろう。
 それから私と馨先輩は歩きながら、お互いの話を交わしていった。
 私はリンとの事、部活の事等を話し、馨先輩は私にはよく分からない哲学的な難しい話をしていた。必死に理解しようと努力したが、私の頭脳では追いつかなかった。
 やがて本題である大和田先生と、ともちゃんが消えた話をすると、思っていたとおり馨先輩は真剣に聞いてくれて、心配もしてもらえた。
作品名:先輩 作家名:みこと