先輩
第4章 広がる闇の中、行き着く先は
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予想通りというか、分かっていたからなのか――その事実を知ったときにクラスで驚きの表情をしていなかったのは、私だけだったかもしれない。
四月二十日。原朋美ことともちゃんが、入院した。
病状はというと――あけみと同じく、原因不明だというのだ。
さすがに教師たちは不審に思い、一時間目を潰して緊急会議が開かれた。生徒の間でも噂はかなり広がっている。昼休みに担任の先生に呼ばれて、何か知っている事はないかと聞かれたが、帰り際に眩しい光を見たとか、ともちゃんが消えたと言っても、他人からすれば意味が分からないだろうし、参考にならないだろうと思ったので、知りませんとだけ答えた。リンも私の後に呼ばれていた。
この学校には――問題がありすぎる。
音楽室で見た謎の女生徒、不在のままの校長、薬物による何人もの死者、黒い服を着て学校の周りを徘徊するストーカー、四方に立ち並ぶヤクザのビル、不気味な大和田先生、消えたともちゃんの行方、そして――あけみとともちゃんを襲う、原因不明の病気。
全ては単なる偶然で、偶々時期が重なって起こってしまったとでもいうのだろうか。
同じKLDであるにも関わらず私とリンとちーちゃんが平気なのも、ストーカーがいつまでも捕まらないのも、全て偶然なのだろうか。
それこそ――あり得ない話だ。
だったら理由は、原因はなんだというんだ。
何者かが裏で操っているかのような――。
私はその者に操られているただの駒でしかないような――。
何か、これからもっと大変なことが起きてしまうんじゃないか――。
そんな予感がする。
だけど、私にはどうすればいいか分からないし、どうすることも出来なかった。この悪夢のような流れに乗っていくか、遠くからただじっと見ていることだけだった。
この先どんな展開になろうとも、私はただ流されるままに流されて、それに耐えるしかないのだ。
昨日リンのお母さんに言われてから気付いたのだが、確かにリンは前より携帯をよく使うようになっていた。前までは教科書は絶対に忘れてこないのに、携帯はしょっちゅう家に置いてきていたはずのリンが、最近は毎日しっかり肩身離さず持ってきている。学校に携帯を持ってくるのは校則違反なのだが……。
さらに、リンは授業中もずっとメールをしているのだ。気になって仕方がない。昨日、本当は私の事を許していなくて、他の友達と仲良くなろうとしているのかもしれない。
いや、そんな事はないだろう。ないと思いたい。
そもそもそんなことがあるかもしれない、と考える時点でリンのことを疑っている、つまり信頼していないのだ。それは駄目だ。被害妄想で信頼を失うなんてひどいにも程がある。
こうなったら直接リンに聞いてみることにしかない。
「リン、最近よくメールしてるみたいだけど、誰としてるの?」
リンは聞こえていないのか、座ったまま真っ直ぐ黒板の方を見ていた。
もう一度リン、とさっきより大きな声で呼んで、肩を軽く叩いた。
するとリンはビクっと体を揺らし、「きゃあ!」と小さく高い声を出して、目を見開きながら私の方を向いた。
「み、みーちゃんかぁ。びっくりしたぁ……」
「どうしたのリン。あれ……?」
リンの顔は真っ青だった。携帯をしっかり握っている両手も小刻みに震えている。
「ううん、何でもないよ! 気にしないで」
こんな様子じゃ何でもないわけがない。益々気になってしょうがない。リンはこっちに顔を向きながら、ちらちらと仕切りに携帯の画面に目を向けている。何か不吉な言葉か、ショックを受けるような内容が書いてあるのだろうか。
「ねぇ、リン。……ちゃんと本当のこと言って?」
そう聞くとリンは俯きながら、静かに言った。
「本当の……こと?」
「うん。だってリンの顔色よくないよ? メールに何か書いてあったの?」
「……!」
私がリンの携帯に視線を向けると、リンはあわてて両手で握っていた携帯を閉じ、腕を後ろに回して隠した。
「リン……もしかして、私に何か隠し事してない……?」
「隠し事……? ――してないよっ」
リンは私に視線を合わせず、目を泳がせながら答えた。
リンがなにかを隠しているのは明らかだった。この反応で何も隠していないわけがない。つい先週までリンに隠し事をしていた私が言うのだ。間違いない。もっと答えを迫ろうかと思ったが――今言ったように、先週までは立場が逆だったのだ。それにも関わらず、リンは私を疑ったりもせずに、今までと変わらない態度で私と接していてくれた。そして私が本当のことを打ち明けても、怒ったりもせずにしっかりと話を聞き、さらには同情して泣いてまでくれたのだ。
それに対して、今の私はまるでいじめているかのように、リンを問い詰めようとしている。現にリンは涙目になっているじゃないか。
さすがにかわいそうだったので、心配ではあるが、これ以上リンのメールの件については聞かず、リンの口からちゃんと話されるまでは考えないようにした。
部活の時間になり、出席を取るときにも副部長からともちゃんが入院したこと、その病気があけみと同じ原因不明だということを話された。低音楽器の座る位置には、二つの空席が出来てしまった。
放課後にも今朝同様に緊急会議が開かれたため、今日の部活は自主練のみとなった。顧問の先生が顔を出せないので休部にしてしまったのか、美術部は活動していなかったので、低音楽器三人は美術室で練習することにした。
油やアクリル絵の具の独特の体に悪そうな臭いが漂う部屋で、私たちは先生がいないのをいいことに、楽器を壁に寄せて置いてしまい、練習をサボっておしゃべりをしていた。
といっても、リンはさっきの休み時間と同じ様子で、携帯をずっと両手で握り締め、誰かとメールをしているようだった。そんなリンに話しかけてはメールの邪魔になってしまうと思い、私はちーちゃんと二人で話していた。リンの顔色も、青ざめた色だったのが健康的な肌色に戻っていたので、心配しなくてもきっと大丈夫だろう。
ちーちゃんはDクラスのため、あけみやともちゃんが休んでいることは知っていても、その理由までは知らなかったらしく、かなりショックを受けているようだった。
「あけみんとトモコ……。何があったんだろ……」
普段無表情でいるちーちゃんが、珍しく俯いて暗い顔をしていた。
私は、ともちゃんと帰り道であった時の出来事を、ちーちゃんにも話した。
するとちーちゃんの表情は変わった。さらに落ち込んでしまうんじゃないかと話す前には思っていたのだが、それとは間逆にちーちゃんは大きく口を開け、何かひらめいたような、分かったような顔をして、つぶらな瞳を輝かせていた。
「何か――分かったの?」
「……うん。ともちゃんは襲われたんじゃないわ。その話と病気の話は、別問題よ」
「ほんと!?」
私の質問に、ちーちゃんはいつもの無表情に少し光が灯ったような、明るい口調で答えた。
「ともちゃんは――花嫁に選ばれたのよ」
「は、花嫁……?」
どうして花嫁という、この話には一切関係がなさそうな言葉が出てくるのだろうか。
「そう。ともちゃんも、最初からそっちが目的だったのかも……」