先輩
そうだったのか……。別に私は読んでいなかったし、いつもリンから話を聞いているだけだったので、その程度の反応しかできしなかった。
確か『純情宣言!』は確か何年も前から連載していて、単行本も二十冊くらい出ていたはずだ。それが突然終わってしまうなんて。ファンにとっては結構な衝撃なのかもしれない。いや、突然かどうかはよく知らないが、クライマックスが近づけばかならずリンがその話をするだろうから、本当に突然の連載終了だったんだろう。
「しかもねしかもね、結末がありえないの! 恵が! 恵がぁぁ!」
「どうなっちゃうの?」
リンが両手で頭を押さえながら大げさに喚くものだから、少し気になった。
「結局ハヤトに告白するんだけど、あっさりフラれちゃうの! ガーン! それでそれで。傷心でいるところに奈津美が慰めに来て――」
リンは机にあった雑誌を乱暴に掴み、両手でページを引っ張って、二つに裂けてしまうんじゃないかと思うくらいを広げて私に見せ、その問題の部分を指摘した。
「恵と奈津美の二人が付き合って終わっちゃうのよ! ありえなくない!?」
奈津美って子は確か恵のライバルで、彼女もハヤトが好きという設定だった気がする。恵に容赦ない嫌がらせやひどい発言をする、恐ろしい女の子なのだとリンが言っていたのを私の頭に記憶されている。
その奈津美と恵が付き合うとはどういうことだろう。女の子同士なのに。
――同性愛ってことだろうか。
リンが広げているページには、恵と奈津子が向き合って、二人のふきだしに「好き」と書いてある。
これが友達、と言うかライバル同士の会話というには、なかなか難しいものがある。
まぁ――確かに最近は男同士の恋愛漫画を読む子が多いみたいだし、同性愛モノが流行りなのかもしれない。それにしては唐突だし、作者の投げやりな感じもするが……。
「もうこれを本屋で立ち読みした時は思わず、『なんでー!?』ってその場で叫んじゃったよ。というか最終回なのにハヤトが回想シーンでしか出てこないし! もおぉぉぉぉ!」
ファンであるリンにとってはやはり相当ショックなことなのだろう。確かに自分の好きな漫画がこんな結末だったら、裏切られた気分になりそうだ。
リンは頬を膨らませながら、その問題の最終回を最初のページから読み直している。なんだかんだ言って読み返すのか。
こんなラストだということを知って、私は逆に今までの話がどんなものだったのか気になってきた。
「ねぇ、リン。『ジュンセン!』の単行本読んでみてもいい?」
「いいけど、みーちゃんもう最終回見ちゃったじゃん」
リンから勝手に見せてきた気もするが……。そもそも最終回だけでなく、だいたいの話の流れもリンからほとんど聞いてしまっているのだ。といってもその時は話半分で聞いたり、記憶から抜けている部分も多いだろうから、自分の目でちゃんと一から読んでみようと思ったのだ。
「うん、それでもいいの。私も恋愛するからには、こういうの読んで勉強しなきゃいけないし」
「ふぉぉ、みーちゃん……! あなたはガリ勉子ちゃんですね〜」
最近何にでも「子」とつけるのが、桃瀬親子での流行りなのだろうか。
一巻から二十四巻まできちんと並べられた中から、最初の方は昔パラ読み程度に読んだことがあるので、見た覚えがない表紙絵だった六巻を取り出して、ページを開いた。何度も読み返しているのか、角が折れ曲がっているページがあったり、昔の広告の冊子が挟んであったりした。
それから二人は黙って漫画を読むことに集中した。
「純情宣言!」のストーリーを簡単に説明すると、舞台は高校で、主人公の恵が隣のクラスのハヤトに一目惚れしてしまい、告白しようとするも上手く出来なかったり、奈津美に邪魔をされたりして、結局惜しいところまでいくのに告白が出来ないまま、話が進んでいく。はっきり言ってしまえば、ずっとそのパターンの繰り返しだ。
その間に奈津美とはまた別の強力なライバルが現れたり、ハヤトが他の女子と付き合ってしまったり、恵も恵で、他の男子と付き合ったり、付き合ってもないのにエッチをしてしまったりという内容で……。
とても純情とは言えない内容だと思う。というか最終的には同性愛になってしまうんだから、もうタイトルの意味がないに等しい。
それでも、この漫画は連載当初からかなりの人気があるらしく、単行本の売り上げも累計二千万部を突破していたり、アニメも何年も続けて放映していたり、映画化までもしていたりと、学校の友達に知らない人は男子ですらなかなかいないぐらい有名な漫画だ。
十巻を読み終えたところでリンの様子を見た。リンはペッドにうつぶせになりながら、雑誌に掲載された他の漫画を黙々と読んでいる。本を読んでいる時のリンの集中力は尊敬できるくらいすごい。ただ、どうしてその集中力を勉強に生かせないのだろうか。
……それにしては静かぎる。さっきからページが進んでいないようだし。もしかしてと思ってそっと顔を覗いてみると、瞼をしっかり閉じ、口を開けて寝息を立てながら、すっかり熟睡していた。
さっき沢山泣いたから、疲れて眠くなってしまったのだろう。私はベッドの隅に丸く固めてあった布団を広げ、そっとリンの体にかけてあげた。リンの寝顔は授業中に毎日のように見ていたつもりだったが、こうして改めて近くで見ると、やっぱり綺麗な顔をしていると思う。
私に彼氏が今までいなかったのは分かるが、リンに彼氏が今までいないのは不思議でしょうがない。私が男だったら絶対にリンに惚れているだろう。
窓の外を見ると、橙色の空に街が染められていた。こうやって見ると、この町も絵になるなぁ――と思ってしまった。空の色に合わせて、部屋の中も徐々に薄暗くなってきた。
まだ帰る時間にしては少し早いし、電気をつけたら寝ているリンに悪いと思ったので、私は「ジュンセン!」の続きを目を凝らしながら読み続けた。
文字がもう読めなくなるぐらい日が沈んできた頃に、部屋の扉がゆっくりと開いた。急に光が入ってきたので目を細くしてドアの前を見ると、リンのお母さんがエプロン姿で立っていた。
「あんら〜? ちゃんと電気つけなきゃ眠くなっちゃうわよ〜。……って、既にりんごは寝ちゃってるのね。美紀ちゃんごめんね〜。せっかく遊びにきてくれたのに、保母さんみたいなことさせちゃって。今日はもう暗いから、おうちに帰らないとミキママ子ちゃんが心配するわよ〜」
「はい、分かりました」
私はリンのお母さんに従い、「ジュンセン!」の単行本を本棚に仕舞って、リンが起きないようにそっと部屋のドアを閉め、そのまま階段を下りていった。玄関で靴を履こうとすると、外から帰ってきたアップルことアメリカンショートヘアの猫に餌をあげながら、リンのお母さんが言った。
「りんごは寝たら最後、しばらく起きないのよね〜。だから毎朝起こすのも一苦労。でも「学校に行けばみーちゃんに会えるから」って言って毎日ちゃんと学校に行ってくれるのは偉いと思うわ〜」