先輩
何度も言うように、私にとっての恋愛はこれが初めてだし、告白をどういう風にするのかも、正直言うとよくわからない。ドラマで告白やプロポーズのシーンはよく見るが、本当に現実でもあんなシチュエーションで、あんなセリフを言っているのだろうか。
まぁどう告白するかはとりあえず置いておくとして――、例えばもし、もしも馨先輩も私の事が好きだったととしたら。それは告白成立となり、二人は恋人の関係となるのだろうが――。
それから先がわからない。
学校を二人で一緒に帰ったり、休日にデートをすれば、それだけで付き合っているという事になるのか。もしそうなら、馨先輩と二人で帰ったのに、私たちはまだ恋人とはいえないのだろうか。――いや、あれはストーカー対策というだけの理由だから違うか。
それか、メールを毎日送りあえばそれは付き合っているのだろうか。いや――だったらメル友とはどういう関係になるんだ。
それか――二人で性行為をすることが、付き合っているということなのか。
……なんだか不潔である。
そもそも、どうしたら付き合っているというとかよりも、告白をしない限りお互いの気持ちは分からないのだから、私の現状では、まだそこまで考えるほど馨先輩との距離は縮まっていない。
「ねぇ、みーちゃん」
リンは真顔になって聞いてきた。
「何……?」
「カオルくんにさ、来週告白してみたらどうカナ?」
「ら、来週? ……告白!?」
突然のリンの発言に驚いて、人の家にいるのに大声を出してしまった。
どういう理由でいきなり告白する話に繋がるんだろうか。しかも来週ってことは、馨先輩とかならず会える日と行ったら、一緒に帰る約束をしている月曜日――明後日になるのだ。いくらなんでもそれは早すぎると思う。馨先輩と出会ってまだ二週間ほどしか経ってないのだ。それに私はまだ馨先輩がどんな人なのかほとんど知らないのだ。それは馨先輩も同じなはず。
一目惚れした事は事実だけど、会って色々と話していき、馨先輩について徐々に分かっていくうちに自分の想像していたような人とは違い、好きではなくなってしまう、なんてことも……ありえないとは言えない。
私の気持ちが変わらなかったとしても、馨先輩から遠ざかってしまう可能性だってある。むしろその方が確立は高いだろう。
リンは、思いつきで言っただけなのだろうか。
「だって今のまま告白しなかったら、他の人に先越されちゃうヨ? 現にあけみんとともちゃんはかなり接近しようとしてたわけだし。まぁ――あけみんやともちゃんの性格じゃ、告白しても答えは見えてるようなものだったけどにゃ……。でも女子は二人だけじゃないわけだし、カオル君のあのビジュアルだと、狙ってる人も多いんじゃないでしょうかね〜〜?」
「狙ってる」という意味はよく分からなかったが、確かにリンの考えも分からなくはない。
告白――した方がいいのだろうか……。
「でも、告白したとして――もし断られちゃったらこの気持ちはどうすればいいの……?」
「フラれるのが怖くて何も行動に出ないんじゃ、カオル君との距離はこのままずっと縮まらないままになっちゃうよ!? いい? みーちゃん。恋愛は――ギャンブルなんデスよ。フラれた時の事は、フラれた後に考えればいいの! そしたらリンがお母さんのように頭なでなでして慰めてあげますから!」
リンがお母さんのようにはとても見えないけど……。
考えに考えた結果――とりあえず、いきなり「付き合ってください」とは言わず、どれだけ馨先輩のことを想っているか、だけを伝えることにした。
恋愛の意味での好きという言葉はなるべく口に出さないように、けれどそういう意味にもとれそうなニュアンスで上手く伝えて、馨先輩にも恋心を分かってもらおう! という作戦だ。リンのアドバイスを参考に――というかほとんどリンが考えたことだけど――作り上げ、この作戦を完成させるのに一時間以上も掛かってしまった。
やっぱり、恋愛にも作戦というものを準備しておく必要があるのか。
「来週の月曜日にまた一緒に帰るんでしょ? じゃあその時が絶好のチャンスだね! 応援してるから。頑張れみーちゃん! 告白しないとりんご、困っちゃ〜う〜な〜」
「どうしてリンが困るの?」
言ってから思ったが、こんなにアドバイスしてくれてるのに、ひどい発言である。
「物語が――先に進まないから」
「物語……?」
「そう。カオル君とみーちゃんの、どきどきウププな純愛ラブラブストーリー!」
なにがウププなのか意味不明だが、つまりは私と馨先輩の関係が近付くことに、期待してくれているのだろう。
「ありがとう。初めてだからちゃんと告白できるかわかんないし、作戦通りに行動出来るかわかんないけど……」
「大丈夫だよ! 恋愛にハプニングは付き物! 来週言えなくたって、みーちゃんには再来週もあるんだし、作戦が予定通りにいかなくても、この作戦が百パーセント正しいわけじゃないからネ。奇跡が起こるかもしれないし!」
奇跡がそんなに都合よく起こるかはわからないが、ともかく告白すればいいのだろう。話はそれから――というわけだ。
ついさっきまで告白なんて一生しないつもりだったのに。自分の誘惑の弱さに落胆した。
「そういえば――どうしてリンはそんなに恋愛がどういうものかって分かるの?」
「ふふ、りんごの本棚をご覧になってみなさい! 一目りょーぜんです!」
私は椅子から離れ、腰を屈めながら本棚をじっと見る。そこにある本のうち、漫画はほとんど表紙の絵は線が細くて淡い色彩で描かれており、それを縁取るのは女の子らしいピンク色の少女漫画がほとんどだ。小説は装丁や見た目ではよく分からなかったが、題名を見る限り、「愛」や「恋」といった文字が並ぶ恋愛系が多かった。
「リンゴは幼い頃から少女漫画と恋愛小説を、山ほど読んでるんデス。だから恋愛って言う教科が学校にあったら、間違いなく学年トップになれる自信あるもん!」
流石にそれは言いすぎじゃないだろうか、と思ったが、小説はこの本棚以外にも、一階には本で埋まっている部屋もあるらしい。書庫というものか。さらにリンは、その中にある恋愛小説は読破したという。どうりで現代文の成績だけは飛び抜けて良いわけだ。
「そもそも――リンは小学校中学校の間で、誰かと付き合ったことってあるの……?」
「ないよ」
リンは表情を変えずに即答した。
「リンはそんなのより漫画とか小説の世界にいたし、みーちゃんと遊んでる方が楽しかったから」
聞く必要もなかった。リンは小学校のときから六年間ずっとクラスも一緒だったし、放課後は毎日二人で近くの公園やどちらかの家で遊んでいたのだ。休日も小学校の時は遊んでいたし、中学生になってからは部活で毎日朝から放課後まで一緒だ。それで男子と付き合っているわけはないだろう。
「リンは、『ジュンセン!』のハヤト君が好きなんだっけ?」
そう聞いた途端、リンは悲しそうに眉毛をひん曲げ、俯いた。
「それがね……」
「なに…?」
「『純情宣言!』の連載、今週で終わっちゃったんだ……」