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先輩

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 部屋をぐるっと見回して、ふと扉側から右の壁にあるものを見て、「ごく一般的な雰囲気」という発言を撤回した。
 そこには、でかでかと「純情宣言!」のハヤトの満面の笑みが描かれたポスターが飾ってあったのだ。選挙のポスターの二倍ぐらいのサイズはあるんじゃないだろうか。
「リン、これ……」
「いいでしょ? それ! ハヤトのサイン入り超レア特大ポスター! 『ちゃう』の読者プレゼントで当たったの〜!」
 ポスターの右端を見ると、確かにそれらしいサインのような、単なる殴り書きのようなものが書いてあった。作者のサインではなく、あくまで「ハヤト君が書いた」サインらしい。そもそも、漫画のキャラにサインも何もあったもんじゃないと思うのは、私だけだろうか。
「す、すごいね……」
 色んな意味で、と頭の中で加えて言った。
「ふふん。これを今日はみーちゃんに見せびらかしたくてしょうがなかったのだぁ」
 両手を上げてぴょんぴょん撥ねるリンを見て、私は呆れて溜息が出た。確かに雑誌の読者プレゼントに応募して、当選したのはすごいと思う。思うけど――その当選した景品がいかにもリンらしいというか、オタクっぽいというか……。私にはこのポスターにどれくらい価値があるのかさっぱり分からなかった。
 私は学習机の椅子に座り、リンはベッドに腰を掛けて近くにあった林檎の形をしたクッションを抱いた。
「それでみーちゃん、KLDの『暗黙のルール』っていうのは、どんなルールなの?」
 たしか、リンはその話をした当日に何の話だか忘れていたのではなかったのか。とりあえずそんなことは気にせずに、私はあけみのメールの話や、ともちゃんとちーちゃんの三人で取っていた行動、馨先輩と二人で一緒に帰った時のことを、順に話していった。
 部屋に入って早々この話を持ってくるのもちょっと早すぎかと思ったが、そもそもこの話をリンに打ち明けるためにここに来たのだし、隠し事をしたまま遊ぶのでは私も素直に楽しめないし、隠し事をされてる側のリンの方がかわいそうだ。
 リンは、私のたどたどしくて分かりにくい説明にも、相槌を打ちながら真剣に聞いてくれた。
 KLDであった出来事を一通り伝えて、私は正直な気持ち――馨先輩が好きなこと――をリンに伝えた。
「あの時――始業式の時に助けてもらった時から、先輩のことが気になって、頭から離れないの。初めの頃は授業にも集中できないぐらい……。これってやっぱり、馨先輩のことが、す、好きってことよね?」
「だね。みーちゃん自身がそう思ってるんだし……間違いないよ」
「そっか……。今一通り話したのが私の気持ちと、その間に起こってた出来事よ。しつこいと思うかもしれないけど、リンに隠していて本当に……ごめんなさい」
 悪いのは自分であるはずなのに、瞳が潤んで涙が出てきてしまった。泣きたいのはリンのはずだ。仲間外れのようなことをされていたのだから。それなのに、私が泣いてしまうなんて……。とことんずるい女だと思った。
 それでもリンは、そんな卑怯な私をそっと小さな体で包み、
「リンゴこそ……みーちゃんがそんなに大変な状況だったのに、気付いてあげられなくてごめんね。リンゴ、鈍感どん子ちゃんだから、そういうのいまいち分からなくて……」
 あぁ、本当にリンが友達でよかった。
 涙がぽろぽろ止まらなくなった。リンも声を出して泣いてくれている。私の腕をぎゅっと掴み、顔を私の胸に押し付けている。ちょっと苦しかったけど、それぐらい我慢できた。
 今朝寝ている間に泣いていたのは、何故だったのだろうか。
 もしかすると、それはリンに嫌われてしまうんじゃないかという、恐怖心があったからかもしれない。だから全てを打ち上げた時に涙が出てきたのも、リンと今日限りで縁が切れてしまう、という不安があってのことだったのだろう。
 こんなに大泣きするのも何年ぶりだろうか。今まで体の中に溜まっていたつらい出来事を、全部外へ流れ出しているようだった。泣きたくなるようなことが今までそんなにあったかどうかは覚えてないが。
 次第に二人とも体内の水分がなくなるぐらい涙を流し終えた後、リンが突然くすくすと小さく笑い出した。
「……なんで笑ってるの?」
「ふふっ、だってみーちゃん……カエルくんの事そんなに好きになっちゃってるのが、話を聞いてたらすごい伝わったんだもん。説得力があるというか、熱意というか。しかも、好きになったきっかけが、一目惚れとは……みーちゃんが一目惚れ。ふふふふふ」
 リンは自分で言っておきながら笑いが止まらなくなり、無理やり止めようとゴホゴホ咳き込んだ。
「た、確かに……私が一目惚れなんてしちゃった事がそんなにおかしいのは分かってるわよ……。今まで恋愛自体したことないわけだし。でも、どんなに言われようとも……好きになっちゃたんだからしょうがないじゃない!」
 つい無機になって口走ってしまうと、リンは咳き込んだまま再び笑い出し、つぼにはまったように完全に止まらなくなってしまった。こうなってしまったら、しばらくは治まらないだろう。そんなリンを横目で見ながら、私は大きくため息をついた。
 私に好きな人が出来たぐらいで、そんなに笑えるような話だろうか。というか本人の目の前で大笑いするのって、結構ひどいような気がする……。まぁリンだから許せるが、もし同じ事を他の友達にされたら、それ以降その子と上手くやっていける自信がない。
 思っていたよりも、リンの笑いは早く治まり、口の端を上げながら、
「でも、みーちゃんとカオルくん、合ってると思うなぁ」
 そんなことを言うのだった。
「合ってる」とはどういう意味なのだろう。気が合うってことなのだろうか。でも気が合うかどうかなんて見た目からじゃ判断できないはずだ。何が合うのか聞こうとする前に、リンが話を進めてしまった。
「カオル君は大人っというか、お兄さんって感じですよね。引っ張ってくれそう。でも何かと厳しいかも…頑固だったり、案外焼きもち焼きだったりして……。だけどそんなみーちゃんは完全に受身だよね。先輩の言うことに従って、後ろについて歩いてくみたいな! でもでも、カオル君に会いたい時はカオル君が忙しくて会えないときでもちょっとわがまま言って『会いたいの〜』ってダダこねる――みたいな……! きゃ〜〜〜!」
 リンは自分の頭の中身を晒しながら、赤くなった頬を両手で押さえた。よくもまぁ、そんな妄想がすぐに思いついて膨らんでいくものである。私なんて現実主義な人間だから、寝てるときに見る夢だって、昔の出来事の反復でしかないというのに。
 もし私と馨先輩が付き合ったら――いや付き合うことが出来たらなんて、想像もしたことがなかった。馨先輩のことが好き。それ以上何を考えるべきなのか、恋愛下手な私の脳内にはインプットされていないのだ。
 それに馨先輩本人に思いが伝えられなくても、私自身がずっとこの気持ちのまま、馨先輩のことを思い続けられるのなら、それでいいとも思っている。
作品名:先輩 作家名:みこと