先輩
ともちゃんは、私が男の子に恋していることに対して彼女のその負けず嫌いが発動し、「美紀が恋をしているのなら、私も恋をしなければならない」という考えで、今まで馨先輩に近いていたのではないだろうか。勝手な推測だが、もしそれが本当だったら、それは馨先輩に好意を抱いているわけではない。いつもの私だけに対する負けず嫌いのひとつに過ぎないのだ。
「中学一年生の時さ、美紀は今まで恋をしたことがないって言ってたじゃない? 覚えてる?」
ともちゃんには申し訳ないが、全く覚えてなかった。
「それを聞いたとき……すごく安心したんだ。私も誰とも付き合ったりとか、したことないっていうのもあったんだけど……本当の理由はね、私、美紀と――」
ともちゃんは、それまでじっと私に合わせていた目を逸らし、涙を手で拭って続きを言おうとした――その瞬間、
目の前がカメラのフラッシュを焚いたように急に明るくなり、目に閃光が走った。
私は反射的に瞼を押さえながらその場にしゃがみこんだ。瞼を閉じても残像がはっきりと残っていて、平衡感覚がなくなったかのように、頭が揺れる。
そして瞬く間に耳に入ってきたその音は、ともちゃんの悲鳴だった。
目が開けないからはっきりとは分からないが、再び光が放たれたわけではないようだった。ともちゃんの悲鳴は、体のどこかに痛みが走ったような声だった。
「や、やめ……! 〜〜〜!」
ともちゃんが抵抗しているような声を出し、すぐに何かで口を塞がれたような――、
まさか――、
今、目の前にいるともちゃんは、何者か――ストーカーに襲われている?
それはつまり――、今、私の目の前に、ストーカーがいるのだ。
大和田先生の笑みが、脳裏に浮かぶ。
対抗できるか分からないが、今すぐにともちゃんを助けなくては。
分かっている。だけど足が、体が動かない。さっきの光の所為で視界が塞がれ、同時に体のコントロールも利かなくなってしまったのだ。
「ともちゃ――、うぅっ!」 出来る限りの声を出して叫ぼうとした私の口に、何か、タオルのようなごわごわとしたものが押し込まれ、私は口も塞がれてしまった。ともちゃんの声が聞こえなくなった原因は、やはり口を塞がれたからだったのだ。
詰め込まれたものを取ろうと両手を口の持っていこうとしたとき、どこかからバスケットボールが飛んできたかのように頭に衝撃が与えられ、そのまま私の体は飛ぶように後ろに倒れた。
恐らく、ストーカーの蹴りを食らったのだろう。おでこのあたりに激痛が走り、後頭部がずきずきと脈を打ち鳴らされる。 痛みが治まってきたあたりで、瞼の裏に映っていた残像もようやく消えてきて、私は身を起こして口に詰められていたタオルを抜き取り、ともちゃんが立っていた前方へ目をやったが――そこに人影はなくなっていた。
ともちゃんは、ストーカーはどこへ行ったのか。
そもそも、目の前に現れたのは本当にストーカーだったのか。
ともちゃんは、何者かに連れ去られてしまったのか――。
瞳に映るのは、いつもと変わらない夜の帰り道だった。
それが、私とストーカーの始めて会った瞬間だった。