小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

先輩

INDEX|37ページ/97ページ|

次のページ前のページ
 

 ようやく授業をまともに受けられるようになった。馨先輩のことを全く考えなくなったわけではないけど、授業中の時はスイッチを切ったように、なるべく考えず授業にだけ集中し、授業が終わった瞬間に頭の隅に寄せていたものを一気に持ってくるように、頭の中を馨先輩のことで埋めていく。そして次の授業が始まると、頭の中に広がっている馨先輩の気持ちを端に詰めて、授業の体勢に入る――この一連の作業を毎時間繰り返していた。
 そんな私は、馨先輩のことを考えすぎているのだろうか?
 出遭ったばかりの頃は朝から夜まで一日中考えていたし、最近も授業中以外は常に馨先輩のことばかり考えている。好きな相手が出来れば、誰でもこんな風になるものなのか。
 リンはハヤト君が好きだとかカッコイイとかよく言っている。リンもハヤトのことをずっと考えているのだろうか? といってもハヤトは漫画のキャラだが……。
 いずれにせよ、授業中は出来るようになっても、馨先輩のことを考えないようにすることなど、今の私にとっては不可能であり、考えずにはいられないのだった。

 放課後。部活に行こうと教室から出ようとしたとき、校内放送で大和田先生に突然呼び出されたので、私は職員室に行った。何故呼び出しされたのか心当たりがないので、何を言われるかわからなくて少し怖かった。
 しかし職員室には、私のクラスの教室で何か用があるとかで大和田先生の姿はなかった。
 すれ違いになってしまったのだろうか。他の用事を済ましてから呼び出して欲しい、と思いつつも、そのままUターンして教室に戻り、日直に閉められていた扉を音を立てないようにゆっくりと開けた。
 教室には既に誰も残っていなかった。日直が窓を閉めていくのを忘れたのか、風でカーテンが波をうっている。その風に乗ってテニス部の甲高い掛け声が聞こえてきた。
 教壇の方に目を向けると、そこには大和田先生が猫背でため息をつきながら何かを書いていた。眼鏡が反射して光り、どこを見ているのか判断できない。
 私が教室に入って二三歩進んだあたりで先生はびくりと体を揺らして、私に視線を合わせた。どうやら私がその場にいることに気付いていなかったようだ。
 驚いて見開いた目で私を見詰めると、眼鏡の位置を正して一呼吸した。
「やぁ、美紀君。来てくれて嬉しいよ」
「それよりも――私、何か悪いことしましたか?」
「うむ、その件なんだが……」
 先生は立ち上がり、窓の方へゆっくり歩き出した。
「僕はね、既に知っていると思うが――この中学校出身なんだ」
「はい……。それは噂でも授業でも何回も聞きました」
「そうか。それと同時に、僕は当時生徒会長をやっていた。それも噂で流れていることであり、僕が皆へ話したことだ」
 そんなこといちいち言わなくても充分知っている。
「君は、今のクラスに満足しているかい?」
「そうですね……不良生徒と、完全に教室が別なのは安心しますし、授業にも集中できていいと思います。ただ――これだと友達がみんな似たような子ばかりに偏ってしまう気もします」
「似ていることがいけないのかい?」
「いけないというか、出来る友達が限られてしまうと思います。一概に不良といっても性格は人それぞれですし、不良だから一般の生徒とは性格が合わない――というわけではないとも思います。それに、そのクラスに馴染めない生徒は、自分を大きく変えない限り他のクラスに移動が出来ないので、三年間孤立してしまう、なんてことも考えられます」
 なるほどぉ、と言って先生は開け放たれた窓からテニスコートの方をじっと見ていた。外から吹いてくる風が先生の無造作な髪を揺らす。
「しかし――学校生活において一番の問題であるいじめは、このクラス制度にしてからかなり減少したと聞いた。僕はそれだけでも満足している」
「でも、学校外でのいじめはいくらか増えたそうですよ?」
「あぁ、それが問題であり、今後の課題だな……」
 先生はため息混じりに言って俯いた。
「僕がこのクラス分けを提案した理由は――当時この中学校で、僕がこの教室で不良生徒にいじめられていたことがきっかけなんだ」
 昨日の馨先輩の話もそうだったけど、最近はなんだか重い話ばかり聞いている気がする。先生は黒板に目を向けながら、話を続けた。
「毎日運動靴は隠され、教室に入れば眼鏡を乱暴にとられてレンズを外されたり、鞄にスプレーでらくがきされたり……。そんな、明らかに誰でもいじめと分かるような事をされていると分かっているのにもかかわらず、周りの生徒はそんな状況を見てみぬ振りをした。母にも話して先生に相談してもらったが、先生が不良たちにしたことはただ怒鳴って叱るだけだった」
「叱ってくれたなら、良かったじゃないですか」
「そう思うか? ……あぁ。君はきっとそういうことをされた経験がないのか。普通の人なら叱られたらおとなしくごめんなさい、と謝り、その日を境にやめてくれるだろう。しかし、そういう事をする奴らは、大抵叱られることには慣れている。『今後はこんなことするな、お前らもいじめられた側の身にもなってみろ』なんて説教食らっても、聞く耳もたずにへらへらしてるような連中なんだ! 挙句の果てに、今度は先生に言いつけたことをきっかけに、いじめはエスカレートしてしまった」
 ドラマではよくある話だが、実際にそんなひどい話なんてあるとは信じられなかった。大和田先生の話も、馨先輩の話も、なんだか現実離れしているように思えてしまう。先生や先輩はみんなドラマの登場人物であって、私はそれをただ見ているだけのテレビの視聴者なんじゃないか――と感じてしまうのだ。
 Yシャツに汗が湿っている背中を私に向けながら、先生は話を続ける。
「いじめなんてどこの学校にだってよくあることだろう。でもな、この地域は今もそうだが、昔からヤクザが多く住んでいるんだ。いつから住みだしたのかは知らないが、この学校のまわりにある四つのビルは全てヤクザのアジトなんだ。まぁ、北のビルはアジトとは少しばかり違うがね……」
 先生はそう言いながらまた窓の外を見た。太陽が橙色になり、教室内が徐々に薄暗くなってきた。
「僕の父は――ヤクザだった。それなのに借金を背負っていて、同じようなヤクザ連中に毎日のように蹴る殴るとされていた。最低な父親だったよ。僕のことなんて、ただの同居しているガキとでもしか思ってなかったらしく、全く相手にしてくれなかった。――それだけならまだよかったんだ。僕も父のことを相手にしなければいいだけのことなのだから。
 ある日、僕が小学校二年生の頃、妹が生まれた。僕は兄妹が出来たことがすごく嬉しくて、あの父親が家にいても、これからは妹が僕の傍にいてくれると思うと、父のことなんてどうでもいいと思えた。それなのに、あの父親は――あいつは……!」
 先生は叫ぶように自分の思いを打ち明けていく。息が荒い。
 私は果たしてここにいていいのだろうか? 先生はこの話を私に聞いて欲しいがためにわざわざ呼び出したのだろうか。だけど、別に私が聞く必要もないし、聞き役が私である理由もない気がする。
作品名:先輩 作家名:みこと