先輩
下校時刻になると、クラスのほとんどの生徒は居残りせず一斉に帰りだす。その理由は、この近辺にある一番頭のいい人が集まるエリート塾に、毎日学校が終わった後に通っているからだ。朝から晩まで勉強漬けなのである。
もし私がAクラスに入ってそんな生活をしたら、一日ももたないと思う。リンが入ったら、すぐさまクラスメイト全員に教室から追い出されるだろう。それくらい真面目なクラスなのだ。
次にCクラスは、たぶん最も一般的な中学生らしいクラスだと思う。たとえば、中学生になってタバコを吸ってみたり、お酒を飲んでみたり、喧嘩をしたり、いきなり髪を茶髪や金髪に染めてきたり、不良にデビューしたりと、いわゆる、教師が一番苦労する生徒たちを集めたのが、Cクラスだ。ともかくこのクラスが一番うるさいし、しょっちゅう問題を起こす。できれば関わりたくないクラスだ。
三つ目に上げるのはDクラス。と言っても、一番頭が悪いクラスというわけではない。稀にAクラスを抜いて学年一位に躍り出る生徒もいる。それならこのクラスの生徒はどのような理由で分けられたのか。
なんとこのクラスは、ヤンキーも逃げるくらいに怖い、ほとんどがヤクザ関係の生徒で形成されているのだ。何故かこの地域周辺には、ヤクザが多く住んでいるらしい。学校の敷地の対角線の延長にある四つのビルは、全てヤクザのアジトという話もよく耳にする。
学校の近くにヤクザのアジトがあるなんて、危険にも程があると思う。とはいえ、ヤクザ相手では、教師もPTAもはっきりと文句は言えない。だからといって法に触れるようなことをしていないのか、警察も動いている様子はない。
何年か前にCクラスの生徒がアジトの前でふざけていたら、ビルから白いスーツを着た男と、二の腕に勇ましい龍の刺青が描かれた男が、すぐさま逃げる生徒を、どこまでも追いかけてきたという伝説がある。その後、その生徒たちがどうなったかは誰も知らない。
だから、生徒は絶対にそのピルの前を通らないようにしている。Dクラスは主にそのアジトにいるヤクザの子供がほとんどらしい。
Dクラスはその特殊性故、4つのクラスの中で生徒の人数が一番少ない。ただでさえ少ないのにも関わらず、大半の生徒はまともに学校に来ないので、実際には指で数えられるぐらいの人数しか教室内にはいない。教室にいる生徒も、たいがいは寝ていたりする。
だからまともに授業を受ける人がいないから、やる気がない教師にとってはいい休憩時間になる――らしい。逆に真面目な教師は「Dクラスに入ることすら怖い。まるでライオンの飼育係だ」という。この気持ちは分かる。Dクラスは入り口に見えない壁がある。教室の雰囲気からもう怖くて、とてもじゃないが入れないのだ。Cクラスの連中も、さすがにDクラスの前では騒がない。それなのに教師は教室に入って冷静に授業をして偉いと思っていたが――やはり怖いものは怖いのである。担任もヤクザ絡みの体育教師達だが、滅多に生徒を叱ったりはしない。下手に注意したら殺され兼ねない。そういうクラスなのである。
残ったBクラスはというと、3つのクラスどれにも当てはまらない生徒たちが集まるクラスだ。ここが一番平凡であり平和な気がする。ただ、このクラスにもちゃんと特徴はある。3つの特徴に当て嵌まらない主な理由は、おとなしい性格、暗い性格、成績が普通もしくは少し悪い、人付き合いが苦手、というような生徒が集まる。はっきり言ってしまえば、本当に普通なクラスなのである。いつも全教科平均点な私と、Cクラスに入るほど悪くはないけどあまり良いとはいえない成績のリンは、一年の時からこのクラスだ。
Bクラスは大袈裟に騒ぐこともなければ、問題を起こす生徒もほとんどいない。たぶんBクラスの生徒も、このクラスで授業する教師も、ここが一番いいと思っているのではないだろうか。
ただ、このクラスの唯一嫌なところは、女子のグループが4クラス中、一番どろどろと陰湿でひどい生徒で形成されているのである。おとなしい人や暗い女子は、大抵裏では活発に動くのである。それも人の嫌がるようなことにたいしてだからだからたちが悪い。表で問題は起こりにくいが、裏では毎日といってもいいほど大変なことになっているらしい。
私はそんな連中とは絶対に関わりたくなかった。そういう意味でも、リンが今年も同じクラスで、本当によかったと思う。
以上、これがこの中学校のクラスの特徴だ。
こんなにはっきり分かれていても、二年生になると結構生徒が入れ替わるらしい。例えば、猛勉強してAクラスに移ったり、平凡を求めてBクラスに移ったり、中学デビューしてCクラスに移ったり、人によってはヤクザデビューをしてDクラスに移ったり、と言った具合だ。
このクラス分け制度は七年前から始めて現在まで続けているらしい。そしてこの制度を考え出した人は、この制度が始まる一年前、つまり八年前に卒業した「大和田 大悟」という生徒会長だった。しかし、生徒会長がこの制度を全校生徒の前で提案した当初は、生徒からはブーイングの嵐で猛反対されたという。結局、その制度の提案は破棄され、大和田という男はそのままたいした成果も残さずに卒業していった。
しかし大和田元生徒会長が卒業した次の年から、彼の提案したクラス分け制度は、何故か実行されたのだ。
この制度を気に入って実行した人物は、教師ですら未だに知っていないらしい。当時の生徒はわけのわからないまま、4つのクラスに分けられたのだ。
ただ、この制度を実行した効果は多少なりともあった。前年に比べて実行した年は、学校内でのいじめが半分近く減ったのだ。一応この制度にはいじめ撲滅という意味があったのである。一方で、学校外でのいじめが二割増えたのも事実ではあったのだが。
とはいえ、少しでもいじめ自体がなくなっているだけでも、この制度を考えだした大和田という人物は素直にすごいと思う。
「ふむ……。ともちゃんも去年同様オタクラスだし、吹奏楽部はやっぱBクラスが多いですネ」
私はリンに向けていた顔を曲げて、もう一度クラス分けの表に書かれた生徒の名前を、一人一人ざっと見ていった。
「ほんとだ。でも、相変わらずあけみとちーちゃんの二人とは、違うクラスなのね」
私とリンは吹奏楽部に所属している。パートは、私がファゴットで、リンはコントラバスだ。
背の低いリンが、何故巨大な楽器のコントラバスを弾いているかは後に置いておくとして、リンは意外と――と言うのも失礼だが――練習熱心だ。部活だけに関しては。
朝練は毎日遅刻もせずにちゃんと参加するし、授業の合間にもコントラバスに関する本を読んだり、昼休みも私と遊ぶ予定がないときは、自主練をしに音楽室へと行く。
リンは三歳のときからピアノを習っているので、それが練習熱心になれる理由なのかもしれない。
リンのピアノの腕はすごい。小学校の頃からコンクールに出場し、何度か賞をもらった経験もあるらしい。小学校の合唱祭や卒業式の合唱の伴奏は、リンの演奏に観客の目がいき、歌が負けてしまったこともあった。それくらい彼女には演奏家としての才能があるのだ。