先輩
私は、そんな面倒くさいことを、なんで懲りずにいつも、しかも自ら進んでいるかのようにやるのかが理解出来なかった。
だから私は昔から特定のグループに入らず、ほとんど一人の友達と一緒にいた。もちろんまわりの女子からは、裏で散々言われていたようだ。それでも、なんと言われようと自分で決めてそのようにしているんだから、そこまで気にはしなかった。
私のように、どのグループにも属さない女子は少なくはない。みんな思っていることは同じなのかもしれない。そういうタイプの人は、男子と仲良くしていたが、男子のように無意味にはしゃいだり、ギャーギャー騒ぐことも、私の性格に合わなかったので、やっぱり私は一人もしくは二人でいた。
寂しくなる時は正直よくあった。だけど私は猫が好きで、私が産まれた頃からずっと家では猫を飼っているから、猫と一緒にいる時は寂しい気持ちもなくすことが出来た。そして、一緒にいた一人の友達というのが――桃瀬林檎だったのである。
彼女とは小学校からの幼馴染だ。もちろん初めて彼女に会ったときは、先ほど説明したように様々なことに驚いたが、七年もたつとそれが普通に思える、……ということはなかった。たぶん、林檎が普通の生徒と変わらずに思えることは一生ない。断言できる。
それでも私にとって林檎はかけがえのない友達で、そんな普通じゃない彼女が好きだった。所謂、親友なのだろう。
「……? みーばぁちゃん、お金くれないの?」
何年か前にテレビでやっていた番組で、孫に言われてショックだった一言ランキングの一位が、「おじいちゃん(おばあちゃん)、お金くれないの?」だった気がする。どうでもいいけれど。
「リン、お金ちょうだいって……私の小遣いは一週間五百円なのよ? 最低一万円なんて、そんな大金、お年玉をもらえた時ぐらいにしかお財布の中に入ってないわよ!」
私は出会った頃から林檎のことを、「リン」と呼んでいる。たったの一文字の違いだが、この方が呼びやすいし、呼び捨てにするのは何だか上から目線で呼んでいるみたいで抵抗があるからだ。
「ん〜と、じゃあお年玉もらったときでいいから、ちょうだい」
「……はぁ。というかお金お金って、そんなに欲しいものがあるの?」
リンはやっと私の体から離れてくれた。逆に言えば、二週間ぶりに再会した時からずっと私にくっついていたのだ。
「あるよっ」
リンの表情が変わった。まっすぐに前に向けた、真剣な目をしている。
「リンゴね――今、とてもグランドピアノが欲しいの」
なるほど。確かにグランドピアノは高いだろう。リンは続けて言った。
「うちのピアノはアップライトのボロッちぃピアノなのね。おじいちゃんが私の一歳の誕生日に買ってくれたものなの。でも、何十年も使ってるからほんとにボロッちくて、それだとリンゴの技術にはついてきてくれないの。音小さいし。調律もすぐ狂うし。だからママに『グランドピアノ買って!』っておねだりしたら、『林檎、グランドピアノっていくらするのか知ってる? パパが一生働いて、ママも内職を始めても買えないぐらい高いものなのよ〜。だからそんなことパパの前では言っちゃ駄目。優しいパパは、林檎のためなら会社を辞めて、その退職金を使ってまでして買ってきちゃうだろうから』って言われたの。……そういうことだから、ダディは冴えないサラリーマンだから買えないけど、みーばぁちゃんちはお金持ちだから、買えると思ったの……」
そんな絶対に信じないような嘘をつく親も親だが、それを中学二年生、今年で十四歳を迎えるというのに真に受けて信じるリンもリンである。
グランドピアノは、部室にあるカタログを見ると、新品で一番小さいサイズなら百万前後で買えると書いてあった。リンは父を「冴えないサラリーマン」だと言っていたが、確かリンの父は、有名な電化製品の会社のかなり偉い位のはずだ。どこからその話を聞いたのかは覚えていないが、それを聞いてすごく驚いた覚えがしっかりと記憶に残っている。
だから、本来リンのお父さんの収入なら、小さなサイズじゃなくても、むしろそれなりの大きさのものでもすんなりと買えるんじゃないかと思われる。まぁ、桃瀬家にも色々事情があるのだろう。
「うちは元々農家だから、そんなお金持ちじゃないのは昔から知ってるでしょ。家は大きいけど……あれは曾お祖母ちゃんから代々住み続けてきてるんだから、とても古いのよ」
「そんな歴史溢れる縦穴式住居なら、きっとすっごい高値で売れるよ」
真剣だった表情を、さっきまでの汚れを知らない子供のような笑顔に戻して言った。しかし、縦穴式住居はいくらなんでも失礼だ。
「残念ながら家の中は何回もリフォームしてるので、そんな価値はありませーん」
何回もリフォームするほど、うちにはお金があったのだろうか。しゃべっている途中でふと疑問に思った。
「そんな……。ピアノ欲しいのに……」
リンは、たちまち今にも泣きだしそうな悲しげな表情になった。涙目になり、声も震えている。いくらよく泣くとはいえ、これでは私がいじめているように思われそうだ。こうなってしまったら、とりあえず慰めるために適当なことを言って話を誤魔化すしかない。
「じゃあ――私が本当にお婆さんになった頃に、買ってあげる!」
「え? ほんと!? やったぁぁぁぁ!」
半ベソだった顔が、一瞬にしてきらきらと輝く笑顔に変わった。単純である。そこがリンの良いところでもあるのだが。
「そうだ! みーばぁちゃん、早くクラス分けの張り紙見ようよ!」
「みー婆ちゃんはやめてよ。そういえばそんなのがあったんだっけ」
ようやく私とリンは下駄箱前に向かい、窓に貼ってあるクラス分け表を見た。
【 河井 美紀 Bクラス 】
【 桃瀬 林檎 Bクラス 】
「やったぁ! みーちゃん一緒だよ! でもまたBか……。リン頭いいのに……」
「でももしAクラスになったら、昼休みになっても教室で今みたいに騒げないよ?」
「あ、そっか。じゃあずっとオタクラスのままでいいや。みーちゃんと一緒だし!」
また泣き出しそうになったところを、すかさずフォローしてなんとか止めた。このすばやい反応と対処が出来るのは、長年一緒にいるからこその技である。
うちの中学校のクラスはかなり特殊だ。私立高校等ではこういう分け方もあるのかもしれないが、公立の中学校では珍しいだろう。
分ける方法は主にこれまでの成績だ。中学一年の時のクラス分けは、小学校六年間の成績で分けられ、二年三年は、前の年の成績でクラスが変わることもある。クラスは学年の人数関係なく、ABCD、四つのクラスに分けられる。
Aクラスは優等生やまじめな人だけを集めた、通称ガリ勉クラス。このクラスは本当に真面目だ。授業中に私語はまずない。給食や昼休みもほとんど話し声が聞こえない。話している人も時にはいるが、勉強で分からないところを誰かに聞いたり、問題の答えあわせを頼む等、それぐらいしか会話はないらしい。定期試験の上位ほとんどは、このクラスの生徒で埋め尽くされる。