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先輩

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 私が二階に行かなかったのは二人とも分かっているはずだ。それなら普通、何かあったんだろうと探りを入れるに違いない。まさか私が一階で馨先輩と話していたなんて、私本人に聞かずに分かるはずがないだろう。あの時私の視界に階段も入っていたが、馨先輩と話している間は生徒が通った様子はなかった。通らなくても顔だけ覗かせれば一階の階段から受付付近を見ることは可能だが……そんな風に見ていた方が逆に目に留まるだろう。  
 だから、少なくとも目撃はされていないはずなのだ。
 ただし、今日の昼休みに図書館の二階に来なかったこと、二人と行動を共にしなかったのは当たり前だが彼女たちは知っている。しかし――その当事者である私が音楽室に来たというのに、一瞥もくれずに、何も聞いてこないとはどういうことなのだろう。別に私が来なかった理由など、大して気になっていないのだろうか。
 いや、違う。聞いてこない理由――。それは、リンがこの場にいるからだ。
 私はさらにリンへの罪悪感が増えてしまった。これでは、あけみとリンを仲間はずれにしているのと一緒じゃないか。
 チクチクと針が刺さるような痛みが、胸を刺激する。
 私は馨先輩が好きだ。しかし、リンとの友情もそれと同じくらいに大事なのだ。
 ――明日こそ図書館へは行かないと、今ここで決心した。
 馨先輩と今日話せたからという理由もあっての決心かもしれないが、それでも今回は、そう簡単には甘えに負けない自信があった。
 それと同時にリンにも、毎日図書館へ通っていた本当の理由を包み隠さず全て話そうと決めた。
ただ、この場ではまだ言えない。……いやむしろ、もうこの際ここで言ってしまった方がいい。内容については「詳しくは後で」と言って、リンと二人きりになったときにでも話せばいい。
 いっそのこと、リンと一緒にKLD自体を抜け出そうか。そもそもKLDは、私の嫌いな女子同士のグループ制度と変わらないのだ。私は自ら――無理やり入らされた気もするが――グループの一員となっていたのだ。
 ともかく、もうこれ以上はリンに嘘をついたり、裏切ったりしたくない。
 KLDとリンだったら、間違いなくリンを選ぶ。
 私が脱退宣言をしようと決意した時、
「ねぇ、美紀。……今日のお昼休み、何してた〜?」
 ともちゃんが笑いながらやっと聞いてきた。この笑顔は偽りだ。心は決して笑ってない。裏切り者の私に対しての怒りの気持ちが、彼女の口元から漏れ出している。「何してた〜?」と言う聞き方が、一番の証拠だ。これは、私が正直に答えても、適当に嘘をついて誤魔化そうとしても、絶対に不利になってしまう質問の仕方だ。
 それでも、もうKLDを抜け出すと決めた私には関係ない。
 もう私は、嘘をつかないと決めたのだ。
「図書館に、リンの借りた本を返しに行ったわ」
 私はともちゃんに偽りの笑顔を返した。
「え〜、それなら私もお昼に図書館へ行ったけど、美紀の姿見なかったよ〜?」
「あー、ちょっとの時間しかいなかったの。返しにいっただけだから。……そういえば、受付に並んでいるときに、馨先輩と会ったわ」
 私は真実を言った。ともちゃんの顔から笑顔が一瞬消えたのを、私は見逃さなかった。まるでおいしいものを口の中で噛んでいたのが、突然まずくなったような顔をしていた。
 もうどんな返事が返ってきても、私は怖くない。
 たとえ吹奏楽部の部員全員に嫌われたとしても、私は平気だ。
 何故なら――私には、リンと馨先輩というかけがえのない存在がいるからだ。
「あれ? たしかメールでKLDメンバーは、図書館に入るの禁止ってあけみに言われてたよね? もしかして美紀……」
 ともちゃんは私の想定外の返事によって、つい口が滑ってしまったようだ。
「メールって、なぁに?」
 リンが、ともちゃんへ質問を返した。
 リンが知っているのは、私が図書館に毎日行っていることだけだ。リンにはメールも届いていなかったらしいから、馨先輩が図書館にいることも知らないし、それが理由で図書館に入ってはいけない事情も知るはずがない。
「リン、実はね、KLDには暗黙のルールがあるのよ。ここで言うと他の部員にバレちゃうから……今度教えてあげる!」
 ともちゃんが、しまったと思っている間に私はリンにそう伝えた。ただの秘密を『暗黙のルール』と言ったのは、
「暗黙のルール!? かっこいい! これでリンも秘密結社になれるんだね! やったー!」
 リンが食い付く言葉だからだ。
「よし、じゃあこの話はここらへんにしといて、一緒に楽器出しに行こ!」
 うん、と言ってリンは心から笑っている笑顔をしながら、椅子から跳ねるように降りた。
 これで私はKLDメンバーからは嫌われてしまうだろう。だけどどんなに嫌われようが、もう私には関係なかった。KLDに拘る理由がないのだから。
 リンには図書館でのことを話すのと同時に、馨先輩に好意を抱いていることもちゃんと話そうと思う。隠し事はもうたくさんだ。二人の関係を悪くしないようにと思って隠し事をすると、たとえ相手に知られなくても、自然と関係は崩れていってしまうものだ。
 そんなことになる前に、リンには全て話しておこうと思った。それに正直に言えば、リンなら許してくれるだろう。
 だけど――嘘をついたことと隠し事をしていたことに関しては、しっかりと謝ろう。週末にでもリンと遊ぶ約束をして、その時に全部話そうと思った。
 準備室に向かう姿をともちゃんは目からレーザーを発しているかのように睨みつけていた。黙って聞いていたちーちゃんは、いつもの無表情とは違い、驚いたような、何が起こったのかいまいち理解できていないような表情をしていた。
 こうして、私とリンはKLDを脱退した。
 しかし、何故あけみは来ていないのだろう。彼女は今まで部活を欠席したことなんて一回もないはずだ。
 学校にも来ていなかったらしいが、風邪ぐらいじゃあけみなら休まないと思うのだが……。
 あけみを心配に思っていながらも、私の心は帰りのことに考えが走っていった。
 今日の帰りは、一人じゃないんだ。馨先輩がいるんだ。
 楽しみで楽しみで仕方なかった。
 今日は部活もろくに集中出来なかった。ともちゃんの鋭い視線が後ろから刺さっているのにもちゃんと気付いていたが、そんな事もどうでもいいと思えるくらい、馨先輩のことで頭が麻痺していた。
 
 そんな幸福な時間を目前に控えている中、私の平凡な人生には、既に黒い染みがじわじわと広がっていた。
 四月十八日。馨先輩と一緒に帰った二日後――。
 私はこの日、初めてストーカーと思わしき人物と遭遇した。

作品名:先輩 作家名:みこと