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先輩

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 四月十六日、火曜日。
 相変わらず私は馨先輩の姿を見に、図書館へと向かおうとしていた。
 お昼ご飯を食べ終わって立ち上がると、リンが「図書館行くの?」と聞いてきた。さすがにこう毎日食べ終わってすぐ図書館に行っていると、リンでもおかしいと気付くか。
「……うん、そうよ」
 これ以上嘘はつきたくなかったので、私は正直に答えた。
「あ! じゃあさ、コレ返してきてちょー」
 と言って差し出されたのは、この前に借りていた「純セン!」の小説版だった。ほっと安心して私はその本を受け取った。しかし安心したのも束の間、
「そういえばさ、最近、みーちゃんよく図書館行くよね」
 と、リンが聞いてきた。今まで漫画ですら全く本を読まなかった友達が、ある日突然毎日図書館に行くようになったら、そんなの犬でもおかしいと思うか。
「う、うん! でも本とか読んでるわけじゃなくて、その……二階の自習机で勉強してるんだ!」
「勉強……! さっすがみーちゃん! 偉いねぇ〜。じゃあ頑張ってらっしゃいなぁ」
 さっそく嘘をついてしまった自分に、心の中で「馬鹿!」と怒鳴りながら、私はリンに手を振って教室を後にした。
  小走りで行ったが、図書館に着いた時に時計を見るとすでに集合時間から十分が経過していた。リンと話していた所為もあるが、昼食を食べ終わるのがいつもより遅かったのも原因だ。
 集合時間から五分までは、受付の横にある掲示板の前に三人揃うまでで待機し、五分を過ぎても揃わない場合は先に二階へ行ってしまう、という決まりである。
 何故平気で約束を破る人達が、こういう決まりはきちんと守るんだ、と疑問に思ったが、答えは簡単。待つのが嫌なのと、馨先輩を見ていられる時間を減らしたくないからである。
 図書館に入ると、当たり前だが二人の姿はその場にはなかった。こういうことには何かと厳しいともちゃんに怒られそうなので、一刻も早く二階に行きたいのに、その前に、今手に持っているリンの小説を返さなくてはならない。
 どたどたと床を跳ね返しながら受付の前まで行き、
「桃瀬林檎です。これ返しに来ました」
 と言って、受付の人にラブレターを渡すような勢いで本を突き出した。
 受付の人はムッとした顔をしながら後ろの戸棚からリンの貸し出しカードを出して、無言で机に置いた。
 そのカードをリンのものにも関わらず乱暴に取り、二階に向かおうと横に歩き出そうとした時――、
「あれ? えっと……たしか河井さんだよね?」
 と、何度も聞いたことのある男子生徒の声が聞こえた。
(こんな急いでいる時に……! なんでこういう時に限って話しかけてくるんだ!)
 私は強い口調でその生徒に向かって言った。
「も〜〜! こんな急いでるときに何なの!?」
 焦った気持ちをぶつけるようにして、声を飛ばした先には――なんと、銀色の髪を生やした馨先輩が、驚いた表情をして立っていた。
「あ……。ご、ごめん、その、ひ、人違いでしたっ!」
 馨先輩は慌てて私に向かって四十五度きっちりと頭を下げた。完全に頭が下がりきったあたりで、私は今、とんでもない発言をしてしまったということに気付いた。
「ああぁぁ! ち、違うんです! じゃなくて、そうなんです! 美紀です! あってます! 私、河井美紀であってそうなんです!」
 パニック状態で、もう自分でも何を言ってるのかわからなかった。唯一分かったのは、この場所で出してはいけない音量でしゃべっていたこと、である。勉強や読書をしていた生徒もちろん、ソファに寝ていた不良生徒まで、半身を起き上げてこちらを睨んでいた。
 「あぁ、よかった。間違って、怖い女の子に声掛けちゃったのかと思ったよ」
 馨先輩は苦笑いしながら言った。私は小声で「すいません、すいません」と謝りながら、ただ頭を下げる一方だった。大好きな人に、しかも年上に、八つ当たりのような最悪な態度と返事をしてしまったのだ。これは許されることではない。仮に馨先輩が許してくれたとしても、自分で自分が許せない。今度なにかお詫びの品を渡そうか。……いや、相手はリンじゃない。そんな物を渡して許してもらおうとしたら更に印象が悪くなってしまう! 逆効果だ。
 私は謝罪の気持ちを込めて頭を下げていたのだが、次第に動きが大きくなっていってしまい、まるでハードロックバンドのライブの観客のように頭を激しく上下に振っていた。
「いやいや、そんな謝らなくても大丈夫だって。いきなり話しかけた僕も悪いし」
 馨先輩は私の肩に両手を置いて私の単独ライブをなんとか止めた。先輩の顔を見ようとしたが、目が回って焦点が合わなかった。
「ふぅ、よかったよかった。……ふふっ」
 安心して一息ついたと思うと、突然馨先輩は笑い出した。
「ど、どうしたんですか……?」
「いやぁ、ゴメンゴメン。河井さんっておもしろい人だなぁ、と思って。あはは」
 馨先輩は片手を私の肩から外し、笑いを堪えるためにその手で口を塞いだ。
 おもしろい人……? 今のどこらへんがおかしかったのだろうか。それとも私はそんなに変な顔をしていたのだろうか。
 それよりも馨先輩の笑顔は何度か見たことがあるが、声を出して笑う姿を見るのは初めてだった。私の勝手な想像では、馨先輩は笑顔にはなっても声を出して笑ったりはしないだろうと思っていたので、印象が少し変わった。
 なんだか、馨先輩が身近な人間、一人の男子中学生と思えた。
 笑顔は爽やかで大人な感じだが、笑い声はまだ大人になりきれていない、中学生独特のかわいらしさがある。いや、何度も言うように私の方が年下なのだが。
 そんなことないですよ、と言いながら、私も馨先輩に合わせて笑った。
 すると、馨先輩がもう片方の手も私の肩から放して、急に何か思いついたような顔をして言った。
 「河井さんとはもっと色々と話してみたいな。――そうだ! 今日、一緒に帰らない?」
 一緒に帰らない?
 馨先輩のその一言が、エコーが掛かっているかのように頭に何度も響いた。
 今日の昼休みはもう急展開が多すぎて、私の心、ここにあらず――という感じだった。
 一緒に帰る…? 馨先輩と? 私が? 私が馨先輩と一緒に帰る……?
「私なんかで……いいんですか?」
 声に出してから思ったのだが、この聞き方だとなんだか馨先輩のプロポーズに答えているようだ。そう思うのは私だけだろうか。
「もちろん! そんな怖がらなくても大丈夫だよ。……でも初対面であんなとこ見せちゃったら、怖がられてるのも無理ないか。でも、最近はどうやら変質者が学校のまわりを徘徊しているらしいから、女の子一人で帰るのは危険だと思って。河井さんは帰りは一人だったよね?」
 馨先輩は私の身を心配してくれているのだろうか。――いや、それは自意識過剰だ。単純に私が女子だから、理由はそれだけのはず。確かに私は帰るときは一人だし、部活から帰る頃は暗い時間になっていて、裏門から帰る生徒は少ないため、一人で帰るのは正直怖い。
 ましてや――ストーカーが辺りをうろうろしている夜道を女学生が一人で帰るなんて、「私を襲ってください」と言っているようなものだ。
作品名:先輩 作家名:みこと