先輩
またもや私の勝手な考えで、団体の名付け親という理由だけであけみがリーダーになっているが、ともかくメールに書いてある通りに従い、図書館には行かないことを私は決めた。馨先輩に会いたい気持ちは誰よりも強いが、馨先輩を想う気持ちを考えるなら、絶対行ってはいけない。
そう心に強く言い聞かせたつもりだったのだが……、次の日の昼休み、私はリンと二人で図書館にいざ入らん、としているところであった。
昨日まではちゃんとあけみの指示に従うつもりだったのだ。本当に心の中で誓ったのだ。
だけど昼休みが近づくにつれ、どんどんと不安が強くなっていき、昼休みに入った瞬間にはピークに達してしまい、一人では心細いのでリンも連れて――というか道連れになっているのだが――図書館に向かったのであった。
自分で自分をひどい女だと思った。約束を破った上に親友を道連れにするなんて、あけみよりも私の方がよっぽど悪人である。
しかし私の足は止まらなかった。なんだか怖かったのだ。馨先輩が他の子と仲良くなってしまうことが。
……なんて自己中心的な考えなのだろう。
それでも――もう一度馨先輩と話したい。せめて顔だけでもいいから見たい。
自己嫌悪しながらも、馨先輩に対する欲求は増す一方だった。
「ねぇ、昨日あけみからメール来た?」
私は図書館に向かっている途中、階段を降りている間にリンに聞いた。
「メール? 来てないよ」
「え? ほんとに?」
「ほんと。なんでなんで?」
「いや、別に……」
ここでメールの内容を話したらリンは教室に戻ってしまうだろう。リンは別に馨先輩のことは何とも思っていないのだ。ただ私と一緒にいたから馨先輩と出会い、馨先輩を知り、KLDに入らされてしまっただけなのだ。
しかし――それなら何故あけみに、リンにはメールを送る必要がないと分かった?
……そう考えると、なんだか自分の都合のいいように辻褄を合わせている気がする。
私は自分ひとりだけが皆から嫌われることを恐れたため、リンを巻き添えにした。もしメンバーの誰かに図書館にいたことがバレた場合、私はもちろん、罪のないリンまで嫌われてしまうのだ。
ならば――やっぱり約束はちゃんと守り、このまま教室へ戻るか?
何度も足を止めて引き返そうするが、体が言うことを聞かない。図書館に吸い寄せられるように足は動くばかりである。所詮それは言い訳でしかなく、実際は足を止めようとなんて一ミリたりとも思っていないかのように。
悪いことだとは分かってる。メンバーのみんなやリンに嫌われて当然だとも思う。
それでも――。
それでも馨先輩が誰かに取られてしまうのだけは、絶対に嫌だった。
とうとう私は、図書館の入り口の前に着いてしまった。
「図書館で何かするの?」
リンは、当たり前だが図書館に入るということが、メンバーにとってどれだけ罪になるか知らないような、素直な顔をして聞いてきた。
「ちょ、ちょ〜っと今日の気分的に、本を読みたいだけよ」
「え、じゃあリンゴ、純宣!の小説版読みた〜〜い!」
そんなものが存在するのか? というかそもそも図書館にそういう本はないだろ、と頭の中で呟きながら、ついに私は足を踏み出し、音をたてないようにドアをゆっくり開き、約束を破った。
この中学校の図書館は学生だけでなく、一般の市民も利用出来るため、ひとつの独立した建物となっている。そのため、学校の建物の中でもかなり大きい。二階建ての広い空間に、本がこれでもかというほどびっちりと丁寧に並べてある。大地震が起こったら、ここは本の山が出来てしまうんじゃないだろうか――と、ここに来るたびに思ってしまう。
下手な市の図書館よりも立派で本の数も豊富なここは、本好きの人なら一度でいいからここに住んでみたいと思うだろう。
本を百冊借りると、この図書館に一日だけ泊まれる――という都市伝説まで存在する。もちろんそれは誰かが勝手に作った単なる冗談なのだが、実際に寝泊り出来る部屋があるのは事実らしい。
どこにあるのかも、何の意味があって作られたのかも知らないし、別に私は小説は愚か、漫画も「ちびまる子ちゃん」くらいしか読まないぐらい、本とは無縁な人だからどうでもいいのだが。
一階には入り口の近くに受付と雑誌類があり、奥の方に少し本があるだけなので、すっきりしていて広さがはっきりと分かる。ソファが壁と窓際にいくつかと、長テーブルが、遠近法の勉強になりそうなくらい奥まで均等に並んでいる。雰囲気がいいので、そこで勉強する人やソファに座って休みに来る人も多い。何より学校内で唯一冷暖房が効いているというのが、客が多い理由だと思える。
中に入って周りを見渡すと、生徒が長テーブルに数人ぽつぽつと座って、本を読んだり勉強をしていた。ソファにはCもしくはDクラスと思われる男子生徒がだらしなく横になって寝ていた。真似をしたいとは思わないが、図書館はお昼寝にも使えるのか、と思わず関心してしまった。
入ってすぐ隣にあったファッション誌か何かの雑誌を手に取り、私は一番手前のテーブルに腰を下ろした。リンは目的の小説を探しに、とっとと二階へいってしまったようだ。
本を開いてテーブルの上に立て、読んでいる振りをして周りにいる生徒を一人ずつチェックした。
私の視力は両目とも2.0に近いので、近付かなくても誰がいるのかははっきりわかる。それに馨先輩の髪の毛は黒色ではなく、光を反射するような銀色だし、私達と同年代の人はこの学校の生徒しかいない時間なので、一発で見つけられるだろう。
しかし、机に座っている生徒だけでなく、ソファの方も一人ずつ見たが、銀髪の生徒はどこにも見当たらなかった。
まだ昼ごはんを食べている最中で、図書館に来ていないのだろうか? その可能性もあるが、とりあえず一階にいないことは確かなので、さっさと本を仕舞って二階へ向かった。
二階は本棚が一階よりも圧倒的に多い代わりに、長テーブルやソファがない。あるのは窓際にそって並んだ、自習スペースだけだ。
私は自習机の方へは近付かず、本棚へと向かった。
自習机は一つ一つに仕切りがついているので、座っても隣はもちろん、まわりも見渡せない。だから、自習机で勉強している生徒の後ろ姿が、端から端まで一人残らず見渡せる位置にある本棚を捜して、その本棚と本棚の間に隠れて馨先輩を見つけることにした。
ちょうど施設の真ん中の位置からなら全体を見渡せそうだ。私は均等に並ぶ本棚を端から数え、その合計数の半分の数に位置する本棚の傍へと寄った。百科事典や六法全書の本棚と、古文書のような意味不明の本や聖書が並ぶ本棚の間に立った。
百科事典の側には女生徒が二人いたので、私は反対側の古文書の側に寄り、本棚から顔だけを出すようにして並ぶ机を右からひとつひとつ見ていった。
黒い頭が並んでいる。半分を過ぎたあたりでやっぱりまだ来ていないか、とあきらめようとした時――左端に一人だけ銀色に輝く髪を生やした男子生徒を発見した。
太陽の光がちょうど頭に当たって光って見えたのだろう。一昨日校門であった時もこのような色になっていた。
「先輩……!」