先輩
「もう! リンリンはいいから黙ってて!! ――ともかく、あたしたちでカヲル君の謎に迫るのよ! ……みんな、準備はいい?」
あけみは勢いよく立ち上がって探検隊のリーダーのような素振りと口調で言った。
「みんなって、もしかして、私とリンも含まれてる……?」
「当たり前よ! メンバーが多い方が謎に迫りやすいもの!」
メンバー……? 別に仲間に入りたくないわけではなかったが、なんだかこういうノリはあまり慣れていないので、どうすればいいか分からなくて戸惑ってしまう。
「コホン。では改めて、あたしたちカヲルLOVE同盟、略して『KLD』! みんないいわね?」
「はい、隊長!」
リンは勢いよく立ち上がってビシッと敬礼した。ノリノリだ。
「頑張るぞーー!」
おぉーーっ!と、その場にいた五人――KLDメンバー――は叫んだ。音楽室でいったい何をやっているんだろう、と思いながらも、私はみんなに合わせて拳を上げた。
結成の掛け声を終えると、ちょうどいいタイミングで副部長が式台に上がったので、あけみたちは黙って元の位置へと席を戻した。
部員全員が席に着き、副部長が出席を取る。
「河井、美紀」
「はい」
「桃瀬、林檎」
「はいはい、は〜い!」
返事は一回でいいです、と副部長に冷静に注意されたが、リンはにこにこと笑っていた。KLD結成がそんなに嬉しいのだろうか。
「鈴木、明美」
「はい!」
彼女――あけみは、一年の時からAクラスに入っている優等生だ。試験の時はかならず上位に入るほど頭がいい。クラスが違っても、トロンボーンは私たちと同じ低音楽器に含まれるので、仲のいいメンバーの一人だ。さっきの様子のとおり、彼女は普段から落ち着きがなく、せっかちな性格をしている。そして主に彼女に振り回される役が――私なのだ。
「原、朋子」
「はい」
ともちゃんは一年の時からクラスも同じだし、低音楽器なのでリンの次に吹奏楽部では仲がいい。ただ、彼女は何かと私をライバル視しているらしく、常に私に対しては喧嘩腰な態度で接してくる。それでも悪い人というわけではないから、私は彼女と親しくしている――つもりだが、ともちゃんは私のことをどう思っているのかはよく分からない。
ともちゃんはさっきからずっと不機嫌な顔をしていて、何の罪もない副部長を睨み付けていた。
「山田 ちい」
「……はい」
ともちゃんと同じくユーフォニウムを吹いているちーちゃんは、低音楽器仲間中でも、一番心の中が読めない子だ。クラスはなんと、Dクラスに所属している。それでも彼女は気にせずDクラスの中で授業を平然と受けているようだ。
ちーちゃんも他の二人と同じように、馨先輩のことを知っているのだろうか。いつも無表情な彼女は、本当に何を考えているのか誰も分からない。
以上、私を含め五人が低音楽器パートの仲良し組でもあり、あけみがさっき突然名づけた「KLD」なのである。KLDに関しては私とリンはほぼ強制的に入らされたのだが……。
……どうでもいいが、せめてもう少しセンスのある団体名にして欲しかった。
次の日からさっそくKLDの行動が始まった。
正確に言うと、昨日の部活が終わってから、である。部活が終わり家に帰ると、携帯にあけみからメールが一件届いていた。
件名『KLDの諸君!』
「KLD結成おめでとう! 皆の強力によってこの同盟を組めたことを、誇りに思う!
さて――さっそくだが、今日カヲル君を目撃した人がいた。
誰かって? それはあたしだよ!(笑)
さてさて、いつどこで見たかというと、 昼休み、学校の図書館にいた。
隠れながら様子を見てみると、なんだか分厚くてとても難しそうな本を読んでいたぞ!
というわけで、カヲル君の読書の邪魔になってしまうといけないので、昼休みは図書館にカヲル君がいても、極力話しかけないようにしよう!
というか、KLDは昼休みに図書館に入ることを禁止する!
メンバーのみんなは普段から本を読まないからあまり関係ないと思うけど(笑)
以上! 報告終わり! みんなからの情報も募集している!」
読み終えた後、なんだか話が呑み込めなくて五秒くらい思考停止してしまった。
あけみは何が言いたいんだろう。私はベットの上で腕を組みながら色々考えた。
馨先輩が昼休みに何処にいるのかは書いてあるとおり分かったけれど、その後の文には「先輩の読書の邪魔になってしまわないよいに、図書館に入ることは禁止する」とも書いてある。それなら何故、わざわざKLDのメンバーにこうやってメールを送ってきたのだろうか。
あけみは馨先輩と付き合うことを目的にではなく、アイドルのファンクラブのような目的でKLDを組んだのだろうか。それなら、メンバーの誰かが独自に図書館で馨先輩を見つけて、勝手に近付いて読書の邪魔をしてしまうことを防ぐため、いち早く気付いたあけみが皆にメールで警告した、という理屈になる。
あるいは――あらかじめ図書館に行かないようにと警告してメンバーを図書館に近付かせなくさせ、自分一人だけで昼休みに馨先輩に会いに行く作戦なのか。あけみならそういうことをしてもおかしくない。彼女は自分の目的の為なら手段を選ばないのだ。
それは嫌だ。だからといってこの場合、どうするべきか。「入ってはいけない」と言われると、逆に気になって行きたくなるのが人の心理だ。まず本当にそこに馨先輩がいるのかだけでも自分の目でしっかりと確認したい。
しかし、もし図書館に入ったことがバレたら、私は裏切り者となり、今後の部活動ですごく気まずい思いをすることになる。……それはかなり面倒だ。できれば避けたい。
私はふと頭の中で、馨先輩とあけみがにこにこ笑いながら図書館の机で向かいあって話している姿を思い浮かべた。
――なんだか無性に腹が立った。既に私の勝手な考えであけみは敵になっている。よく考えてみれば、あけみは過去にもそこまで悪いこと、というか卑怯な事はしていない気がする。シャーペンや消しゴムを借りたまま返さなかったり、係の仕事を無理やり男子に押し付けるぐらいだ。
……中学生にとっては結構悪いことのような気もしてきた。まぁ、それでも犯罪になるようなことはしていない。実際借りたものを返さないのは軽い犯罪なのだが。
……待て。それを言ったらメンバーを騙して馨先輩と会うことだって、全然犯罪ではないじゃないか! むしろあけみがやりそうなことである。
――結局、私の中ではあけみは悪人になってしまう。
一旦考えをリセットするつもりで、そのままお風呂に入った。すると、体を洗い流した時に、イライラとした感情も排水溝へと流れていき、さっきよりはいくらか冷静になれた。
話は簡単だったのだ。もし、あけみが一人で会いに行きたいのなら、メンバーにメールを送る必要はないのである。
何故ならメールを送らなければ、メンバーは図書館に馨先輩がいることを知らないわけだから、目撃者であるあけみだけが知っていることになる。だからメンバーに知らさなければ、誰にも知られずに単独で会いに行けるのである。そもそも、リーダーなんだからそんなずるい事はしないだろう、とも思った。