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先輩

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 気になるから一応聞いてみたが、昨日あれだけ変な――というか大変な出来事が起こった後だから、そこまで大きな期待はしていなかった。
「なんだかね、女子の後をつけてく、黒い服を着た怪しげな男がいるらしいのですよ」
「ストーカーってこと?」
「ん〜、一応そうなんだけど――つけられてるのは一人だけじゃなくて、複数人いるらしいんですデスよ」
 ストーカーか……。今まで一度も被害にあったことがないからか、正直ストーカーというものが怖いものなのかどうかすらもよくわからなかった。
「ストーカーってさ、ただ遠くの方からとか電柱の陰からじっと見てるだけでしょ?」
「え、そうなの? でも、よくニュースで『殺人事件の犯人は死んじゃった人のストーカーだった』、ってこともあるじゃん」
「その人のことが好きだからストーキングするんじゃないの? なのになんで殺しちゃうの?」
「そんなこと聞かれても、リンゴはストーカーじゃないから知らないぷー」
 私にはストーカーの心理がわからなかった。好きという理由で遠くから見ていたり、ずっとその子の後をついていったりするのは、まだ少し分かる気もするが、それが何故殺人に繋がるのだろう。「もしかしたら自分以外の誰かに、あの子は殺されてしまうかもしれない、だからその前に僕が殺してしまえばいいんだ」という理屈なのか。しかしその子が死んでしまった時点で、殺した本人は生きているのだから、それこそ永遠に離れ離れになってしまうんじゃないだろうか。
 それか、つけている子を殺し、そのストーカー本人も自殺して、天国で一緒に会いましょう、という無理心中のようなことをしようと思っているのだろうか。
 それでもニュースで見る限りだと、犯人は自殺せずに警察に捕まっている。一概にそういう理由だけではないのかもしれない。
 まぁ、ストーカーの心理が分かったとしても、ストーカーに追われる心配はなくなる訳ではないだろうし、そもそも私のように地味で目立たない生徒は、ストーカーのターゲットにまずならないだろう。
 しかし、一人に留まらずに複数の女子をつけているとなると、「女生徒」というだけで、狙われてしまうのかもしれない。いや、それでもそういう男が存在しているというだけで、誰も殺されてしまったり、暴力等の被害を受けたりはしていないのだから大丈夫だ。……きっと。
 またも考えに集中している間に、無意識のまま順番が来て手も洗い、席についてお箸を持っていた。つまり、その間リンと全く会話していなかったということになる。ちょっと悪いことをしてしまった。
「ところで、複数人の女子がストーキングされてるっていうのはなんでなのかなぁ。中学生の女の子なら誰でもいいってこと?」
「やだね〜。もしそうだとしたら、みーちゃんは特に気をつけないと!」
「いやいや! 私なんかよりリンの方がよっぽど危ないよ!」
「ん? なんで?」
 なんでもなにも、例えば勝山先輩のような女性なら、万が一ストーカーに襲われても絶対に被害は受けないだろう。むしろ勝山先輩の方が、ストーカーに反撃して殺してしまいそうである。
 しかしリンのように、小柄で弱そうな子は真っ先に狙われてしまいそうだし、足も遅いうえに、「欲しいもの何でもあげるよ」なんて言われたら、誰にでもひょいひょいついていってしまいそうだ。
「その時はこうやって大声を出せばいいんだよ。 きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 リンの甲高い悲鳴が教室中、いやたぶん廊下にまで響き渡った。クラスの皆がなにごとかと、こちらに視線を向けた。こういう状況で一番恥をかく役が――私なのだ。私は全く意味はないだろうが、他人のフリをしてごまかそうとした。
 とはいえ、これぐらいの馬鹿でかい声なら、ピンチのときも誰か助けに来てくれるだろうと、少し安心できた。前向きな考えで偉いな、と自分で自分のことを褒めた。
 お昼を食べ終わってから、私とリンは少し練習をしに音楽室へ行った。準備室のドアには「これでなんとかなるでしょ」と言っているかのような、安っぽい臨時の鍵がついていた。私でも思い切りドアを押せば外れてしまいそうなくらいもろそうだ。
 音楽室に入るのは少し躊躇した。また、あの人形のような女生徒が中にいるんじゃないか――と不安になってしまい、例え既に他の部員が中に入って練習していたとしても、その部員の中にあの生徒が紛れていそうで、入ってからも落ち着いてはいられなかった。
 そんな状況の中でもなんとか練習をし、教室に戻ってきたと同時にチャイムが鳴った。先生はまだ来てないようだったからよかったが、私とリン以外の生徒はもう席についていて、教室に入った瞬間、またもやみんなから注目を浴びてしまった。
「社会は今日から新しい先生が授業してくれるらしいよ」
「そうなの? どんな先生?」
「知らないぷぷぷ〜」
 どんな先生になろうと、正直私にとってはどうでもよかった。数学の先生は分かりやすく、自分に合っているので代わって欲しくないが、それに対して社会は苦手科目だし、好きにもなれない教科だから、先生が代わろうと授業がなくなろうと別に気にならない。
 それよりも、リンはどこからそういう情報を仕入れてくるのだろうか。小学校の頃からリンは「そんな噂をどうやって仕入れてきたんだ」というような情報を入手してくる。
 リンは幼い頃からピアノをやっているため耳が良いので、周りで話している内容も聞こえてしまうような、地獄耳なのかもしれない。……耳の良さとは関係ないか、等と思っていると、新任教師がドカドカと教室に入ってきた。
 四月の始めなのに、半袖Yシャツ姿なのが最初に目に留まった。背は結構低い。私より五センチほど高いくらいだろうか。女子中学生の平均身長より少し高い程度である。痩せている――とは言えないが、そこまで太っているわけでもない、所謂ぽっちゃり系で、今どき珍しい黒縁の四角い眼鏡をかけている。
 教団についたところできっちり生徒の方へ九十度曲がり、教科書や出席簿を机に置くと同時に両手を机にがっちりとついて前屈みになった。
 正面から見ると、顔のパーツの位置は整っているので、痩せれば美系に見えそうな顔をしている。ただ、安い床屋で切ってもらって朝も適当に寝癖を直してきただけのような髪と、「僕はとっても真面目です!」と言っているような眼鏡の所為で、美系からは相当遠ざかってしまっている。
 新任教師はそこで一度咳払いをしてから、挨拶を始めた。
「はい、皆さんご存知の方も多いかと思いますが、こうして面と向かって会うのは初めてだと思うので――改めて自己紹介します。……ゴホン。今年から新しく二年の社会科の担当になりました――」
 先生は、綺麗にくるっとターンテーブルに乗っているかのように体を正確に回転させ、黒板に自分の名前を書き始めた。ガツガツと乱暴に音を立てながら書いているので、チョークの粉が雪のようにさらさらと下に落ちていく。そして黒板に書かれた彼の名前を見て、私は驚いた。
 書き終えたところで先生は生徒に向き直り、チョークで自分の名前を指しながら、
「はいっ、わたくし、大和田 大悟と言います」
 と言ってニヤリと笑った。その笑顔は今すぐ忘れたいと思うほど、いやらしい笑みだった。
作品名:先輩 作家名:みこと