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先輩

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   3

「やっぱり謎なんていうけど、調べてみれば、なんてことないじゃない」
 私がそう言うと、リンは納得したんだかまだ気になる点があるのか複雑な表情をして「ううん、確かに……」と言った。
 四月九日。私はクラスの係決めをしている最中に、リンから部長の話を聞いていた。二人で話している内は摩訶不思議な存在だったが、真実を聞いてしまえば不思議でもなんでもない、ひとりのかわいそうな先輩の話になってしまった。
 考え込むほどの話でもなかった――というより、私は昨日家に帰ってからその話を全く考えていなかったが。
 
 昨日――始業式があった四月八日。校門の前で馨先輩と別れてからも、私はずっと馨先輩のことで頭がいっぱいだった。
 家に着くとすぐにベッドに横になった。具合が悪いわけではなかったが、何にもやる気が起きないし、何かしようとしても集中出来ないだろうから、今日はもう寝てしまおうと思ったからだ。
 ドアが二回ノックされて、母が心配そうな顔をして入ってきた。
「美紀……? ただいまも言わないで上に行っちゃって。……どうしたの?」
「ん? あ〜、ちょっと昨日寝るの遅くて、疲れちゃって……」
「あら、そうなの? もう、ちゃんと早く寝なさいよ。あと制服しわになっちゃうから、早く着替えて」
 私は気付いていなかった。帰ってきてそのまま着替えるのも忘れて、寝ようとしていたのだ。起き上がって自分の体を見ると、確かに濃い紺色のきっちりとした服を着ていた。
 普段は家に帰ってくると、学校のジャージに着替えて過ごしているのだが、今日はこのまま寝ようと思ったから、パジャマに着替えた。
「あら、寝るの? まだ午後の二時よ? お昼は? 夕飯もいらないの?」
「食欲ないからいい。夕飯は一応作ってラップ掛けといて……。さすがにそれぐらいの時間には起きるかもしれないから……」
 ちゃんといつもの生活リズムに戻しなさいよ、と言って母は制服を持って出て行った。急に部屋の中が静かになった。カーテンが風でやわらかく揺れた。
 目を瞑るとあの時の馨先輩の笑顔が浮かび、脈拍が一瞬にして高くなってしまう。何も考えないようにして早く眠りたいと思うが、そうすると、今頭の中に映っている馨先輩の笑顔がなくなってしまいそうで怖かった。
 そんなことを一時間ぐらい続けている内に、私はいつの間にか眠ってしまっていた。やはり体力的にも疲れていたのだろう。いつ眠りについたのか分からなかった。
 変な夢を見た。

 私は、全速力で階段を駆け上がり、『禁断の四階』へと向かっていた。
 張り巡らされたテープを次々と引き剥がして行き、私は閉ざされた扉の前に仁王立ちした。
 そこへ、馨先輩が突如現れて、背後から私に向かって言った。
「その扉を開けてはいけない」
 私は迷った。馨先輩の言うとおりにしてこの場を去るか、好奇心を優先させて扉を開けるか。
 迷っている間に、扉にはめ込まれた曇りガラスが徐々に透明になっていった。部屋の中の物の輪郭がはっきり見えるぐらい透明になったあたりで、私は扉に近付いて中を覗いた。
 そこには――あの時音楽室にいた、人形のような生徒が立っていた。
 私は驚いて後ろに下がろうとして足を踏み外し、階段から落ちそうになったところで――、
 ベッドから落ちた衝撃で目が覚めた。
 なんだったのだろう。不思議な夢だった。単なる印象に残った記憶の反復みたいなものだろうか。
 まぁ、所詮は夢だ。気にするようなことではない。
 しかし、今日ほんのちょっと会っただけなのに、もう馨先輩が夢に出てきてしまうなんて……。私にとって馨先輩は、既に特別な存在になっているのかもしれない。あの人形のような女生徒も一緒に出てきたが……。
 部屋は家具の輪郭がかろうじて分かる程度に薄暗くなっていた。窓から見える外灯の光のおかげで足元ぐらいは見えた。私は机の上に置いてある携帯を、充電スタンドについたまま取って時刻を見た。とっくに夜中になっているんじゃないか。と思っていたが、実際はまだ七時五分前だった。
 ベッドから落ちて痛めた体をゆっくり起こし、目をこすりながら裸足でぺたぺたと階段を下りていくと、ちょうど母が夕飯をテーブルの上に並べていた。お爺ちゃんお婆ちゃんと父が座ってテレビを見ていた。
「あら、ちゃんと起きたのね。ちょうどよかった。夕飯出来たばかりだから食べてちょうだい」
 母は私が座った位置に茶碗とお味噌汁を置き、キッチンへと戻っていった。
 おかずは肉じゃがだった。私はあまり好きではない。肉じゃがが嫌いなのではなく、母の味付けが嫌いなのだ。薄味の時もあれば、水を飲まないと飲み込めないぐらいしょっぱかったりと、時と場合によって大きく味が変わるのだ。
 料理が下手なのかというとそうでもない。お味噌汁はいつも良い味加減だし、母が作るカレーは隠し味が入っているのか、絶品だ。何日でも続けて食べられるだろう。
 ただ、今日は味が気にならなかった。起きてからも馨先輩の事で頭がいっぱいで、夕飯の後の行動も自然にというか、誰かに操られているかのように無意識に行っていた。
 ご飯を食べ終わってお風呂に入り、着替えて髪を乾かし、頬杖をつきながらテレビを見て、気付いた頃には、またベッドに横になっていた。
 馨先輩とは、今日一日のほんの僅かな時間しか会っていない、ろくに話もしていないのに、それなのにどうしてこんなに考えることがあるのだろうか。自分の頭のことなのによくわからない。きっと、何も考えていないんだろう。ただ、ボーっとしているだけである。壮大なストーリーの本を読み終えたときのような、虚無感というやつだろうか。
 それくらい私は馨先輩に惚れてしまったのだ。何も手につかない、夢遊病のようになってしまうんじゃないかと思うぐらい、私にとって馨先輩と出会ったことは大きな衝撃を与えたのだ。
 次の日の朝も起きてからずっとそんな気分で、やっと冷静になってきたのは、登校している最中だった。
 
 結局、昨日は家に帰ってから今日まで、ずっと馨先輩のことで頭がいっぱいだったのである。――何とも恥ずかしい話だ。典型的な少女マンガのように単純で、自分で自分のことが嫌になった。
 こんな平凡な中学生のサンプルのような私が、現実離れした整った顔と銀色の髪を生やした馨先輩に一目惚れしてときめいている――なんて、考えただけで顔が真っ赤になって火が噴出しそうだ。
 リンから部長の話を聞き終わって、昨日の家でのことを思い出している内に、クラスでは係決めが終わり、昼休みになった。
 うちの中学は十年ほど前までは給食制だったらしいが、給食費を払わない親が多すぎる(犯人は主にDクラス生徒の親らしい)ので、お昼は持参なのだ。私とリンは机をくっつけて、鞄からお弁当を出し、手を洗いに水道へと向かった。
 お昼時だと当たり前だが水道は混んでいる。順番待ちして並んでいると、リンが背伸びをして私の耳元にこそこそと話しかけてきた。
「みーちゃんみーちゃん、最近ね、変な噂が流れてるらしいですよ」
「なに? 変な噂って」
作品名:先輩 作家名:みこと