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先輩

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 いきなりドアの方から声がしたので、林檎は驚いて椅子に足を引っ掛けて転びそうになった。その声の主は加藤先生だった。 
「楽器庫の鍵が壊れてるって聞いて見にきたら、綺麗なピアノの音がして、誰かなぁ?と思ったら、リンゴちゃんだったのね!」
 先生は音楽室に入り、にこにこ笑いながらパチパチと拍手した。
「ありがとゴザイますます! この曲、リンゴの大好きな曲なんです!」
 林檎は先生に向かって掛けていき、今朝の美紀にやったように先生に思い切り抱きついた。
「あらあら甘えんぼさんね。バス君(コントラバスのこと)とは今日は遊ばないの?」
「バス君は……今日はお休みなんデスよ。それより先生、聞きたいことがあるんです」
 はい、何かな? と言って先生は首を傾げた。林檎は先生のお腹にまわしていた腕を解き、大きな目を輝かせて聞いた。
「部長さんは、どこにいるの?」
 先生は一瞬戸惑ったような、焦ったような表情をしたが、林檎は気付かなかった。
「部長さんはね……、実は入学した頃から、重い病気で入院しているのよ……」
「どれくらい重いの? 1トン?」
「先生もよく知らないんだけれど……とっても重い病気らしいの。サヤちゃんって言う子でね、先生もお見舞いに行ってあげたいのに、病室にも入っちゃいけないらしくて、まだ一度も会った事がないのよ」
「かわいそう……。でも、なんで部長になってるの?」
 なんだか今日は悲しい話ばかり聞く。謎の部長の名前は「サヤ」と言うらしい。しかし部活に来ていない理由が病気で入院しているからというのは、想定外だった。
「それは先生がそうしてあげたのよ。彼女――サヤちゃんは入学する直前にその病気にかかっちゃったらしく、部活だけじゃなくて学校にも一度も来ていないの。それで手紙が届いて、「吹奏楽部に入りたい」って書いてあって、入部届と手紙が届いたの。
 だから、せっかく入部したのに出席出来ないのはかわいそうだから、せめて肩書きだけでも良くなるように……と思って部長にしてあげたの。そういうわけで本来部長のやる仕事をしているのは、副部長――今年は橘さんなのよ。でもね、私も他の先生に聞いただけだからわかんないんだけど、よく考えてみるとおかしな点があるのよね。サヤちゃんの苗字は確か――」
 先生が話している途中で、急にゴウン、と低い音が部屋の右側にある非常口からした。二人は二秒くらい止まって、先生が非常口の方へ走っていき、重そうにドアを押し開けた。ゴウンと似たような音がしたが、さっきよりも響く音だった。
 先生が壁に手を引っ掛けながら非常階段に出たが、すぐに戻ってドアを閉めてしまった。
「何も無かったみたい。隙間風かしら?」
 林檎は小走りで先生の近くへ行き、教室の壁際の窓から非常階段の方を見た。三階とはいえ、結構な高さがあるので少し足がすくんだ。
 確かに何も異状はなかった。さびだらけでボロボロの非常階段は、非常事態に生徒達がどたばたと降りて行ったら、崩れ落ちてさらに非常事態になってしまうんじゃないだろうか――。それくらい老朽化が進んでいた。
 視線を外し、下を向いて地面の方を見てみると、一人の女生徒がスカートを翻しながら走って行った。顔は影の所為か、真っ黒でよく見えなかった。

作品名:先輩 作家名:みこと