先輩
第2章 KLD
1
私の通っている中学校はおかしい。
いや、そもそも学校のまわりにヤクザのアジトがいくつもあると言うだけでも、かなり異常だろう。だけど、昨日の始業式の何時間かの間に、そのおかしさにさらに磨きがかかったのだ。
元々この学校は少し変わっていた。
4つの独自のクラス分けもそのひとつだが、もうひとつ有名なのは、『禁断の四階』だ。
『禁断の四階』と言われているのは二年校舎の四階、つまり音楽室や音楽準備室のある三階の上の階だ。しかし、四階に上がる階段は封鎖されていて、上ることができない。階段の途中には、手すりと壁を刑事ドラマの殺害現場のように縦横無尽に「立ち入り禁止」と書かれた黄色いテープで張り巡らされているのだ。誰が、何の理由でそこまでして四階へ上がらせさせなくしたのかは分からない。ただそんなに大袈裟に警戒するのだから、当然生徒の間では噂にはなるし、誰でもその先に何があるかを知りたくはなる。
もちろんそのテープが剥がされたり、切られたりして突破されたことは数え切れないほどあった。主にCクラスの一年生がその実行犯になる。実行した経験がある生徒によれば、テープを破って上った先には、厳重な鍵が備え付けられた大きな扉が待ち受けているらしい。そこに辿り着いたところで、いくつものロックがついた鍵を開けることは、生徒には不可能だし、開けようと努力したところでその間に教師にばれてそのまま生徒指導質へと連衡されてしまうのがオチだ。
結局、閉ざされた扉の先に何があるのかは、卒業生ですら一人も知らないという。唯一、非常階段からは四階に入れるらしいが、入った先には二畳程度の狭い空間に同じような扉が待ち受けているだけらしい。結局はどちらから入っても待ち受けているのは大きな扉だけで、中がどうなっているかは絶対に分からないのだ。
入学したばかりは、気になってテープを破ったり、危なっかしい非常階段を駆け上ってどうにかして開けられないかと、『禁断の四階』に立ち向かう生徒がいるのだが、立ち向かっていく内に絶対開けられないことに気付いて、夏休みが明ける頃には誰も四階には目もくれなくなってしまうのだ。そういう流れが毎年繰り返されるという。
扉の先には幽霊がいる、過去にそこで自殺した生徒がいる、その生徒の死体が今でも転がっている、夜な夜な扉の中から人の声がする――等といった噂も流れている。
それが、『禁断の四階』だ。
その二つだけでもかなり変なのに、さらにこの学校には謎が潜んでいたのである。
不在のままの校長。
一度も出席したことがない吹奏楽部の部長。
Dクラスに影響を及ぼす、ある生徒の名。
そして――音楽室にいた、人形のような女生徒……。
いったいこれらには何の意味があるのか。何を意味しているのか。
始業式が終わった次の日の授業中、私はそんなことを考えながら歴史の授業を受けていた。
ちょうど区切りのいい所で思考から授業に帰って来れたので、隣に座っているリンの様子を見た。
リンは意外にも、ちゃんとノートを書いていた。しかしよく見てみると、残念ながら書いているのは黒板の文字ではなく、イラストであった。しかもジュンセン!(漫画 純情宣言!の略称)のハヤト君の似顔絵をかなり真剣に書いていた。これで絵が下手なら馬鹿に出来るのだが、なかなか上手いから憎いのだ。
私は再び自分の机へ視線を戻し、教科書を適当に読んだ。
文中の「アヘン戦争」という単語が目に入り、私はまた授業から思考の世界へと移動してしまった。
アヘン戦争、か……。
阿片、と言えば麻薬である。ちょうど今教科書を読んで知ったことなのだが。麻薬と言うと、科学の力や人間が生み出した新たな物体、と漠然とした言い方だが、なんだが宇宙人が持ってきたというような印象が私にはある。だが、阿片の原料となるケシや麻は自然の物だ。もしも、幻覚や興奮作用、中毒性や依存性等、麻薬独特の効果がなく、法律で規制されていなければ、私にだって、種があれば植えて作ることが容易く出来てしまうのだ。
そんな自然から生み出された薬に、ある人は不自然に惹かれ、不自然に中毒に陥り、不自然に死んでいってしまうのである。……なんだか不思議な話だ。本来そんな物は、地球上に必要ないのではないだろうか。
しかし、同じ麻という字を使った物に、麻酔がある。
漢字が同じというだけで、主原料や成分は全然違うのかもしれないが、片方の麻――「麻薬は何人もの人が中毒になったり、死んでいるのに対して、もう片方の麻――麻酔は、何人もの人命が救われていたり、医療に貢献している。
どちらが利用者に数が多いのかは分からないが、大きく見ると、結果的にはプラスマイナス0なんじゃないかと思う。幾人の命を救う分、幾人の命を奪うんじゃないだろうか――。
そんな難しいことを考えても、所詮は中学生の思考だ。きっと簡単に片付けられるような話ではないのだろう。
勝山先輩の父は、薬物中毒によってこの世を去ったと言っていた。
もし家族がそういう死に方をしたら、言葉を失うほどショックを受けるだろう。いや、中毒になった時点で目の前が真っ暗になりそうだ。
保健体育で薬物について習った時に、成人の中毒者が書いた手紙の写真が載っていたが、字も文体も小学生並み、もしくはそれ以下のようだった。他にも、白い紙に円を書いてみてくださいと言われて、中毒者が書いた円は丸いとはとても言えなく、漫画のふきだしのようにギザギザとしていて、円とは程遠いものを書いていた。私はそれらを見てかなりの衝撃を受けた覚えがある。
麻薬とは、こんなにも恐ろしいものなのか。そして、そんな恐ろしいものに取り憑かれて、そのまま一生抜け出せなくなってしまう人が身近にいるというのだ。
薬物中毒は病気ではない。自分の意思で薬を摂取してしまうからそうなってしまうのだ。自殺と同等な行為だと思う。中毒になったからと言って皆死ぬわけではないが、それでも死と同然なんじゃないだろうか。
アヘン戦争から麻薬の話に私の頭は冒険してしまった。止まらなくなってきたタイミングで先生に指され、私の考えは無理やり急停止された。
社会科の新任教師、大和田大悟によって。