慟哭の箱 11
「…まあ、もう前を向いてる旭に、暗い絶望の塊である俺は必要ないんだ。死にたくなるような悲しい思い出は、きっとこのさきもうできない。だから俺は、どっちにしてもお役御免で、もう消えるんだろうな」
死にたい。それだけが、タルヒの存在理由だった。生きたいと願う旭にとって、もうタルヒは不要である。喜びもぬくもりも知らないまま、タルヒは消えていくのだ。
「俺は…何も、してやれんのか」
「あー、そういうのいらないから。うっとうしい」
だるそうに言って、タルヒは立ち上がる。
「じゃーね」
「おまえがいたから、須賀旭は今日まで生きてこられたんだぞ。死にたくなるようなつらい思いを、おまえが肩代わりしてくれていたから」
「……」
「忘れんぞ、俺は」
ちゃんと、旭を守ってきたことを。首を行儀悪く傾けたまま、タルヒは清瀬を見つめている。
「あっそ」
意地悪く笑ってそれだけ言うと、彼はペタペタと足音を残して去って行った。清瀬はその背中を、見送ることしかできない。
「あーっタルヒ!あんたちゃんと清瀬さんにお礼言った?」
「あんなオッサンに礼なんて言う義理ねえし」
「もう!ひねくれてんだから!」
タルヒと入れ替わりに現れたのは小柄な女性だった。豊かな髪をゆるく巻いている。きれいに化粧した顔は、その華やかさと相反して、包み込むような素朴なぬくもりを感じた。そう、これは母親としての役割を持った女性なのだ。サンダルをはいた足の爪が、鮮やかなオレンジ色をしていて、それが清瀬の目には鮮明に映る。