慟哭の箱 11
「一弥、きみはもうここを出ていいんだよ」
背後の声が優しく続ける。
「きみだけが、この部屋に引き込まれていた。長い間。きみの役目はこれを忘れないことだった。痛みと屈辱と憎しみと怒りを。ここはそのためだけの場所。きみを苦しめるためだけに存在した部屋」
そう。それが一弥の役目。
怒りと憎しみをつかさどる。その感情を枯渇させないために、繰り返し思い出すために。
「…もう、終わる…?」
かすれた声で紡ぐと、終わるんだよと、背後の声は労わるように言った。
「もう終わるんだ。きみの意思で終わらせることができる」
「ウソだ、だって…」
「ウソじゃない。思い出して」
囁くような声なのに、確信を持ったように強い声だった。
「約束したでしょう、あのひとと」
あのひと。約束…。
「僕らには役目があった。一人ひとりが、役目を持って生まれてきた」
声はじんわりと温度を帯びているようで、それはとても温かいものに思える。身体の奥から」響いてくるような錯覚。
「雨のように降る悲しみを、痛みを、苦しみを、きみがその背中にすべて負ってくれたから、旭は生きてこられた」
そう。それが一弥が生まれた理由。旭を守る。旭を生かす。
「でももう、旭は大丈夫」
「…大丈夫、」
「うん。もう、何も知らずに守られている子どもじゃない」
ああ、そうだ。旭はもう、痛みを取り戻し、自分の足で歩こうとしている。
「俺の役目は…もう終わるんだな」
そして、静かに消えていく。