反骨のアパシー
中島という若手職員が横内に「ちゃんと運動をしないとオヤツは……」と言うと、横内は「ありません」と答える。そんなやり取りを聞いているだけで嫌気が差す栄太郎であった。職員にも利用者にもその閉鎖的な社会での価値観が出来上がっていた。いわゆるホスピタリズムというやつである。それには永遠に慣れないような気が、栄太郎にはしていた。
中島はよく利用者をからかっては遊んでいた。横内の担当なのだが、わざと日課を崩し、不安定にさせては喜んでいたのである。自閉的傾向が強い利用者は生活のパターンを崩されることを極端に嫌う。その日課をわざと崩してからかっているのである。
栄太郎はそんな中島にいつも冷ややかな視線を送っていた。中島も敢えて栄太郎とは話をしようとはしなかった。
他の職員にしてもそれぞれ利用者への接し方や支援の方法がバラバラだった。日課のマニュアルはあることはあるのだが、半分有名無実となっている。栄太郎には梅寮が組織として成り立っていないと思えたし、根拠のない仕事をしているようで常に不安であった。
栄太郎は思う。本来、チームワークを発揮しなければならない職場であるが、「こんな奴らと組めるか」と。栄太郎の心の中はいつもやりきれない不満で一杯だった。
野菊園には併設のグループホームがある。再整備の際に増設されたのだ。開園以来、長年この施設を利用し、障害程度の軽い利用者はグループホームで生活していた。
栄太郎は通勤に自家用車を使用しているが、いつもホテル街を抜けて通勤している。栄太郎の住む、百日台の周辺は戦後、「青線地帯」であったため、その名残でラブホテルが乱立しているのだ。
栄太郎が早番の仕事を終え、帰宅する際、そのホテル街で二人の人影を見かけた。その人影はラブホテルから出てきたところだった。
「あれは、中島さんと……、杉山さんだ」
杉山加寿子はグループホームに在籍する軽度の知的障害者だ。その杉山が中島とラブホテルにいたことになる。
「何やってんだ、あいつ……」
中島と杉山は腕を組みながら、駅の方へ向かって闊歩していた。栄太郎はその二人に気を取られながら、ハンドルを握っていたが、すぐ前方に目を戻した。
その日、野菊園の管理棟は慌しかった。各寮の寮長やグループホームのホーム長、看護師が一同に会し、しかめ面をしていた。