反骨のアパシー
栄太郎は遅番で出勤し、出勤簿に印鑑を押す際、管理課の職員に尋ねた。
「何かあったんですか?」
「いや、グループホームの杉山加寿子さんの生理が遅れていて、検査したところ、妊娠が発覚したんだよ。杉山さんは何も喋らないし、相手は誰かってことで今朝から大変なんだよ」
「ふーん……」
栄太郎はすぐに相手が中島であることを悟ったが、その場では何も言わなかった。
午後三時過ぎ、栄太郎がオヤツの準備をしている時、松田寮長は浮かない顔で戻ってきた。
「寮長、ちょっとお話が……」
「ん?」
栄太郎は配膳室の中に松田寮長を呼び込んだ。
「杉山さん、妊娠が発覚したらしいですね」
「うーむ。今朝から寮長たちが集められてね。園長なんかカンカンだよ。でも、相手がわからなくってねぇ……」
松田寮長の顔は憔悴し切っていた。
「私、相手を知ってますよ」
「え、本当か?」
「中島さんですよ。うちの寮の……」
「何だって!」
松田寮長は身体が宙に浮くぐらい驚愕した。
「実は見たんですよ。二人が百日台のラブホテルから出てくるところを……」
「うーむ。確かに中島はボランティア扱いで、よく杉山と外出しているな」
どうやら、松田寮長にも思い当たる節があるようだ。
「わかった。すぐ園長に報告するから、北島さんも来てくれ」
栄太郎は松田寮長に付き添われ、園長室へ行った。原口園長はしかめ面を崩さない。
「君は本当に見たんだな?」
原口園長に尋ねられ、栄太郎は素直に「はい」と答えた。すると原口園長は「うーむ」と唸り、腕組みをしたまま考え込んでしまった。
原口園長はしばし考え込んだ後、栄太郎に念押しをした。
「このことは余所に漏らさないようにな」
「何故ですか? これは記者会見ものでしょう」
「煙を立てたくないんだよ。君も公務員ならわかるだろう?」
原口園長はさも煙たそうに言った。公務員の事なかれ主義は、今まで栄太郎も経験している。だからと言って、中島のしたことが許されるとも思えなかった。
「人の口に戸は立てられませんよ」
「それは脅しかね?」
「いずれ噂になります」
「まあ、中島君の処分については考えよう。まずは本人たちから事情を聴かなければな。松田寮長、今日は中島君、勤務しているかね」
「はい。早番で勤務しています」
「じゃあ早速、呼んでくれたまえ」