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反骨のアパシー

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 栄太郎は心の中で唸った。確かにその運営方針が理解できなくもない。だが、在宅で緊急事態が生じた時、それは重度も軽度も関係ないのだ。危機的状況に変わりはない。
(ふん、お高くとまってらぁ……)
 この時、既に栄太郎の心の中に野菊園への不信が生じていた。

 午前の研修が終わり、栄太郎は昼食の介助に入るよう、松田寮長から指示されていた。職員が調理場から配膳車を引き取り、それを寮の食堂で配膳するところから食事介助は始まる。
その日の昼食はハンバーグと煮びたしだった。栄太郎は配膳車から食事の盆を引き出すと、配膳の手伝いに入った。栄太郎は普通に配膳したつもりだった。
「ダメだよ。そのまま配膳しちゃ。勝手に食っちゃうだろ」
 田上が顔をしかめていた。田上は栄太郎の配膳した盆を引き揚げると、別のところに移し、キッチンバサミでハンバーグと煮びたしを刻み始めた。栄太郎はその様子を呆けた顔で眺めるしかなかった。そして、田上はカレー皿にご飯もハンバーグも煮びたしも、一緒くたに混ぜて稲田の前へ出した。
「どうしてこんなに一緒くたに混ぜるんですか?」
「刻むのは咀嚼能力に問題があるからさ。誤嚥事故は避けなきゃならんからね。混ぜるのは……、こうした方が利用者も食べやすいからだよ」
「でも、これじゃ家畜の飼料みたいですよ」
「何? 俺たちの仕事にケチをつけようって言うのか!」
「でも、これあんた、食えって言われて食えますか?」
「俺たちは三十年以上、これでやってきたんだ。これでいいんだ!」
 田上は困惑しながらも、語気を強めた。おそらく栄太郎の発言は彼のプライドを傷付けたのだろう。
「まあまあ、二人とも……」
 田上の怒鳴り声を聞きつけ、松田寮長がやってきた。
「これが施設のやり方なんだよ。伝統って言えばいいかな。ほら、『郷に入れば郷に従え』って言うでしょ」
 松田寮長は笑顔でそう言いながら、稲田の食事介助に回った。稲田は飼料のような飯をクチャクチャと音を立てながら食べていた。
 栄太郎はこの時、果たして稲田が「生きている」のか「生かされている」のか、正直なところわからなかった。少なくとも支援部長が研修で言っていた、ノーマライゼーションの理念からかけ離れた食事場面であると、栄太郎は思っていた。
作品名:反骨のアパシー 作家名:栗原 峰幸