反骨のアパシー
栄太郎は以前に健一に買い与えてやった「仮面ライダー」の人形を手にした。それは今でも健一の宝となっている。栄太郎は「仮面ライダー」の人形を手にニコッと笑った。
「夕飯まで時間があるな。『仮面ライダー』ごっこでもするか?」
健一が屈託のない笑顔を見せた。
翌日。栄太郎は日勤だった。この野菊園では職員のほとんどは変則勤務となっている。早番、遅番、夜勤の三交代制だ。栄太郎はまだ見習い期間ということもあり、日勤だったのである。日中には栄太郎他、転勤者への職員研修も組まれていた。
出勤すると、ちょうど朝食の下膳をしている時間帯であった。栄太郎は職員室で利用者の援助の概要についての資料に、ざっと目を通す。排泄が未自立でオムツを使用している者、歩行が困難で車椅子を使用している者、自閉的傾向が強く日課が崩れるとパニックを起こす者、利用者の障害特性は千差万別であった。
そこへ松田寮長が出勤してきた。
「ああ、それね、ざっと目を通すくらいでいいよ。マニュアルはあくまでもマニュアルだから。まあ、実際には勤務の中で仕事を覚えてもらうからね。それより、日課表に目を通しておいて」
「はあ、これからの時間は……」
「食後の排泄介助だよ。トイレ誘導したり、オムツ交換をしたり……。こんなところでくつろいでないで、寮に入った、入った」
松田寮長に促され、栄太郎は職員室から出た。そして、トイレの方へと向かう。トイレの周囲は特に悪臭がひどかった。
扉の付いていないトイレに数名の利用者が座っていた。ポータブルトイレに座っている利用者もいる。便座の前には申し訳程度のカーテンが設置されてはいたが、それが閉じられることはない。利用者の排泄場面は丸見えだ。
(ここにはプライバシーの配慮がないのだろうか……?)
そんなことを思いながら呆けていると、「オムツ交換の手伝い、お願いします」と栄太郎に声を掛ける者があった。寮の主任職員の田上であった。もう年配の職員なのだが、施設畑でのキャリアは長いそうだ。
田上に続いて栄太郎がある居室に入った。ベッドの上で寝ている利用者。四肢は硬直し、腕や足に硬縮が見られる。
「稲田さんはあなたの担当だから、よくオムツ交換の仕方を覚えておいて」