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反骨のアパシー

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 栄太郎が驚いたのはトイレであった。大便器は剥き出しで扉がないのだ。間仕切りはあるが、扉は後から取り外した形跡がある。
「ああ、これね。車椅子の人をトイレに入れるのも苦労するし、事故防止の観点からも扉は取り外してあるんだよ。まあ、これも人権上は問題があるんだけどね。外部監査の時だけ取り付けるんだ」
 栄太郎は開いた口が塞がらなかった。
 軽く尿意を覚えていた栄太郎は、職員用のトイレで小用を足した。職員用のトイレは小奇麗に清掃も行き届いていた。そこで用を足すことに、栄太郎は少々の罪悪感を覚えていた。

 家に帰ると妻の律子と息子の健一が栄太郎を迎えてくれた。
「お疲れ様、新しい職場はどうだった?」
 律子は栄太郎から鞄を受け取ると、にこやかに笑った。
「いやぁ、カルチャーショックだったよ。まだこの日本にあんな施設があるなんて……」
「そう言えば、何か臭いわね」
 律子が顔をしかめる。
「施設の臭いだよ。それが衣服に染み付いているんだろう」
「どんなところなの?」
「一言で言えば、『人間家畜場』さ……。トイレには扉もない、食事はまるで家畜の飼料だ」
「そんなに凄いところなの?」
「ああ、今日は一、二時間いた程度だけど、これから先、あの施設で働くのかと思うとゲッソリするよ」
 栄太郎はジャケットを脱いだ。それに芳香剤を吹き付ける。
「パパ、遊ぼう」
 健一が栄太郎の足にへばりついた。
「パパ、臭い」
 栄太郎は思わず苦笑を漏らす。すぐにズボンも取り替えた。
「パパって困っている人を助ける仕事してるんだよね?」
 健一が嬉しそうに訪ねてきた。栄太郎は笑って健一の頭を撫でた。
「今日、友達にそのこと自慢してきたんだ」
「そっか……」
 栄太郎は飼料のような食事をスプーンで口に運びながら、介助をしていた職員の姿を思い出した。
「困っている人を助ける仕事ねぇ……」
 野菊園での仕事が、果たしてその範疇に入るかどうか疑問に思う栄太郎であった。
 健一は律子の連れ子であった。健一には栄太郎の血が流れていない。それでも栄太郎は本当の子どものように健一を可愛がり、健一もまた栄太郎を本当の父親だと思っている。「産みの親より育ての親」とよく言うが、それは父子の関係にも当てはまるらしい。
作品名:反骨のアパシー 作家名:栗原 峰幸