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反骨のアパシー

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 それが愛向会の職員の第一声だった。そう、家畜の飼料のようにオカズもご飯も混ぜられた昼食を見たのである。
「愛向園でも今時、こんな食事と摂り方していませんよ。公立施設って遅れているんですねぇ」
「いや、咀嚼能力や食べ易さを考慮しているのであって……」
 浅田支援部長が言い訳がましく言いかけた。
「いや、これは人権侵害です」
 愛向会の職員はきっぱりと言い切った。
「こんな施設だからセクハラや行方不明が出るんですよ」
 愛向会の職員のその言葉に、原口園長も浅田支援部長も、ただただ頭を下げていた。
「あなたたちに期待していますよ。この臭い施設を何とかしてください」
 栄太郎はそっと愛向会の職員に耳打ちした。すると、愛向会の職員は黙って頷いた。
 稲田は家畜の飼料のような飯を、クチャクチャと口を鳴らしながら食べていた。

 家に帰って、栄太郎は妻の律子に、野菊園が民営化されることを伝えた。
「それって、良いことなの、悪いことなの?」
「少なくとも俺にはまともなことだと思うな。俺は高橋係長がまた生活福祉課に戻してくれるらしい」
「そうね、生活保護の仕事をしていた時の方が栄太郎さんらしかったような気がするわ」
 栄太郎は部屋着に着替えると、おもむろに冷蔵庫からビールを取り出し、プルトップを空けた。そしてグーッと一気に飲み乾すと、壁に立てかけてあったギターを手にした。エピフォン・カジノというエレキギターである。
「ここのところ、ギターも弾いていなかったな……」
「たまには健一に歌でも歌ってやってくださいな」
 健一が栄太郎のもとに寄ってきた。そして、「ねえ、歌って」とせがむ。
 栄太郎がギターを爪弾き始めた。エピフォン・カジノはボディが中空になっているため、アンプにつながなくてもある程度の音は出る。曲は「大きな古時計」である。
 栄太郎のギターに合わせ、健一が歌う。栄太郎も一緒になって歌った。律子は台所仕事をしながら、二人の歌を聞いている。ささやかな家庭での幸せなひとときだった。
 栄太郎は「大きな古時計」を歌いながら、梅寮にある古い時計を思い返していた。それは開園以来からあるという。民営化されてもその古時計は残るのだろうかと、ふと思う。
 長年、利用者を見守り続けてきた古時計が、野菊園の一番の功労者のように思える栄太郎であった。
(新しい風が……、吹き始めるかな)
作品名:反骨のアパシー 作家名:栗原 峰幸