反骨のアパシー
浅田支援部長が内線を持ち上げようとした。だが、言われなくても栄太郎はすぐにやってきた。
「横内さんの一件は野菊園の不手際です。お父様のお怒りはごもっともです。そもそも中止したはずのジョギングの最中に横内さんは所在不明となりました。糾弾されるべきは当日の勤務者と、それを許したこの野菊園の体制でしょう」
「おう、あんたは話がわかるな」
横内の父親は栄太郎を見て頷いた。
「野菊園がどうしても生活保護の返還金を、横内さんの障害年金から拠出させるというのであれば、『市長への手紙』を書くか、帰帆市役所の秘書課に直接行かれて苦情を訴えたほうがいいと思いますよ」
「北島さん、何てことを言うんだ。横内さんは自分から勝手にいなくなったんだぞ。全部、園の責任にされちゃあ、たまらんよ」
浅田支援部長が栄太郎を睨んだ。だが、その顔は狼狽している。
「私が中止したジョギングのプログラムを陰でやらせていたんですよ。支援計画から逸脱した不当な支援が原因です。すべての責任は野菊園、いやそれを管轄する帰帆市にあります。それが行政組織というものです」
「わかった。じゃあ、市役所の秘書課に行けばいいんだな!」
横内の父親は顔を紅潮させながら、上着を掴んだ。すぐにでも帰帆市役所に駆け込むつもりなのだろう。
「ちょっと、待ってください!」
浅田支援部長のその言葉も、横内の父親には届かなかった。彼は急ぎ足で野菊縁を出て行った。
「はあー、何てことを焚き付けてくれたんだ……。君だって組織の一員だろう」
浅田支援部長が頭を抱え、恨めしそうに栄太郎を見やった。
「身から出た錆ですよ。それにこの野菊園が組織とは到底思えませんね」
栄太郎は浅田支援部長を一瞥すると、寮へと引き揚げていった。
その晩。栄太郎は帰帆市役所近くの居酒屋で、高橋係長と酒を酌み交わしていた。
「今日の酒は美味いですよ」
栄太郎が愉快そうに笑った。
「でも大丈夫か? 北島の居場所がますます悪くなるんじゃないか?」
心配そうに高橋係長が栄太郎の顔を覗き込む。
「まあ、民営化までの辛抱ですね」
「その野菊園の民営化の話なんだが、どうやら時期が早まりそうなんだ。前回のセクハラに続き今回の一件だろう。聞くところによると、横領まであったっていう噂じゃないか。福祉総務室も早くお荷物を処分したいらしい」