反骨のアパシー
原口園長は顔をしかめながら、内線を取った。その時、園長室から一寸木が帰宅するところが見えた。栄太郎は走った。その一寸木の鞄には利用者のジュースが詰め込まれているはずだ。
「ちょっと、一寸木さん、園長がお呼びですよ」
栄太郎が一寸木を連れて戻ると、園長室には松田寮長も来ていた。
「その鞄を開けてみたまえ」
松田寮長が静かだが、凄みを利かせた声で言った。
一寸木は震えていた。さすがに園長を前にして横領を暴かれるのはまずいと思ったのだろう。
「じゃあ、私が開けよう」
原口園長が一寸木の鞄を開けた。すると、そこには三本ものペットボトルが詰め込まれていた。更に利用者の財布まで出てきたのである。
「これはどういうことかね? 一寸木君……」
しかし、一寸木は答えることも出来なかった。
「松田寮長、梅寮は金庫に鍵も掛けていないのかね?」
「はっ、実際の利便性を考えますと……」
松田寮長も原口園長に金銭管理の甘さを指摘され、しどろもどろになっていた。
「はあ、セクハラに続いては横領か……。災難続きだ」
原口園長が頭を抱えた。松田寮長も一寸木も項垂れている。
「それだけじゃありませんよ。一寸木さんのやり方は『支援』じゃありません。人権問題が取りざたされている今、利用者の髪の毛を掴んでまで歯磨きをさせるのはねぇ」
栄太郎が皮肉たっぷりに言った。
その翌日。一寸木は何事もなかったかのように出勤した。栄太郎は唖然とした。
「すぐには代わりの臨時職員は見つからないんだよ。それに本人も反省しているし……」
松田寮長はバツが悪そうに、栄太郎に漏らした。
「なるほど、セクハラ事件の後だけに、揉み消そうってわけですか。また監査が入りますものね。それにしても、一寸木さんも一寸木さんですよね。よく何事もなかったかのように出勤してきたもんだ。厚かましいにも程がありますね。中島さんも復職する時は、何食わぬ顔で来るんでしょうね」
栄太郎の苦言に、松田寮長は顔をしかめた。それはさも面倒なことに巻き込まれたくないといった顔だった。
一寸木は何事もなかったように振る舞い、マイペースに仕事をしていた。ただ、彼が夜勤明けになると、稲田が痣をつくっているのだ。それも一回や二回ではなかった。