反骨のアパシー
中島の代わりに一寸木が来て、一週間ほどが経とうとしていた。一寸木は県立ひめゆり園という知的障害者更生施設で臨時職員をしていただけあり、野菊園に慣れるのも早いようだ。今日も黙々と家畜の飼料を作っている。
昼食介助が終わり、歯磨きに移行しようという時だった。笹本というダウン氏症候群の利用者が歯磨きを頑なに拒否したのだ。
「何やってんだよー!」
その罵声に栄太郎は洗面所の方を見た。すると、一寸木が笹本の髪の毛を掴み、無理矢理に洗面所の方へ引っ張っていくではないか。笹本は「あぎゃーっ!」という奇声を発し、顔をしかめていた。
「ちょっと、一寸木さん、何やっているんですか?」
栄太郎は急いで洗面所に向かった。笹本は一寸木に髪を掴まれ、顔を歪ませていた。
「歯磨きをさせるんです」
一寸木は悪びれずに言った。
「だって笹本さん嫌がっているじゃないですか。それに髪の毛を掴んで無理矢理っていうのはちょっとやり過ぎじゃないですか」
「甘いなぁ。甘っちょろいよ、あんた。このくらいしなきゃ、こいつらはわかんねえんだよ」
一寸木は掴んだ笹本の髪を離そうとはせず、「おら、口を開けろ」と恫喝し、その口に無理矢理、歯ブラシを突っ込んだ。笹本は「うがーっ!」と叫び、歯ブラシから逃れようとする。
「おら、おとなしくしろ!」
一寸木が恫喝する。
(これが臨時職員……)
栄太郎は職員室に戻ると、一寸木の行動を松田寮長に報告した。
「知的障害者の口腔ケアは重要な課題なんだ。一寸木さんくらいの人もいないとねぇ」
栄太郎は開いた口が塞がらなかった。
だが、一寸木の行動はそれに留まらなかったのである。
その日の夕方、栄太郎は利用者の生活記録を書き、少し残業をしていた。そして、帰り際でのことである。一寸木が配膳室から利用者用のジュースをごっそりと自分の鞄に詰めているところを目撃したのである。
「一寸木さん、何やってるんですか?」
その栄太郎の声に一寸木の肩がビクッと跳ねた。
「それ、利用者用のジュースですよ」
「知ってるよ、そのくらい。こっちは大変な仕事をやっているんだ。このくらいのご褒美があってもいいだろう」
一寸木は悪びれる様子もなく、自分の横領を正当化しようとしていた。
すぐさま、栄太郎は園長室に向かった。そして一寸木の行動を報告したのである。
「そりゃ、まずいな」