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反骨のアパシー

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「そうなんです。野菊園の開園以来、蔓延っている職員が幅を利かせているんですよ」
「俺に言わせりゃ、井の中の蛙だな」
 高橋係長が皮肉っぽい笑いをこぼす。栄太郎は店員の持ってきたビールをまたグイと煽った。
「実は福祉総務室の同期に聞いたんだが……、野菊園の民営化の話が持ち上がっているらしい」
 高橋係長の顔が神妙になる。栄太郎は「え?」と呟き、身を乗り出した。
「受け入れの社会福祉法人も愛向会でほぼ決まりらしいぞ。とんとん拍子に話が進めば、再来年の四月にでも民営化されそうだ」
「セクハラ事件もありましたからね。民営化のいい口実になるでしょう」
「ああ、あれね。新聞にも載っていたやつ。そう、あれで福祉総務室はカンカンなんだよ。市としても野菊園はお荷物らしい。早く民間に払い下げて、楽になりたいみたいだ」
 高橋係長もビールのお替りを注文する。
「民営化された方がいいですよ、あんなところ」
 栄太郎が残りのビールを飲み乾した。
「おいおい、ペースが速いんじゃないか? 酔っ払っちまうぞ」
「今日は酔いたい気分なんですよ。あーあ、福祉事務所に戻りたい!」
 栄太郎が冷酒を注文した。栄太郎は肴にはあまり箸を付けてなかった。
「うーん。生活福祉課も大変だぞ。一度廃止された母子加算は復活するし、てんてこ舞いだ」
「それでも、あの野菊園にいるよりマシですよ」
「怒れるってことは、アパシーにはなっていない証拠だな」
 高橋係長の言ったアパシーとは社会学・精神分析学で主に使われる用語で、無気力・無関心のことを指し、抑うつ状態を呈する場合も多い。栄太郎はこのままの状態が続けば、自分もアパシーになり兼ねないと思っていたところだった。
「もう、アパシー寸前ですよ」
「北島も俺に似て不器用だな。福祉事務所から野菊園に行った奴も多いが、みんな福祉事務所のことなんか忘れて、施設の色に染まりきっているぞ」
「私には無理そうです」
「だろうな……。だが北島、お前には守らなければならない家族がいるということを忘れるな」
「それが自分の防衛線ですよ」
 そう言って俯く栄太郎に、高橋係長は酒を注いでやった。
作品名:反骨のアパシー 作家名:栗原 峰幸