反骨のアパシー
「そりゃ、短期や一時が入ってくれば寮の中は乱れるし、職員も大変になる。でもここに入所している人たちは雨風がしのげて、三食に医療まで保証されている。だけど在宅では今、困っている人たちがいるんですよ。軽度の知的障害者の中にはホームレス同然の生活を送っている人もいます。私は福祉事務所でそんなケースを沢山見てきました。ニーズは掘り起こせばあるんです。そのニーズを発掘する努力もしないで早急なニーズがないと言うのは間違っていると思います」
栄太郎は熱く語った。だが、周囲の視線は冷ややかだ。
「北島さん、ここは福祉事務所じゃないんだよ。施設なんだよ。そんな福祉事務所的な発想は捨てた方がいいと思うよ」
松田寮長が喉を震わせるように言った。栄太郎は下唇を噛んだ。浅原良太の苦い経験を思い出していたのだ。
「それにね。公立施設の役割としては軽度の障害者は受け入れないもんなんだよ。それは園の運営方針でも決まっていることなんだ」
松田寮長のその言葉に、栄太郎の心臓がドキンと脈打った。許されるならば、この施設を壊してしまいたい衝動に駆られる。
(こんな施設、なくなってしまった方が……)
そんなことすら思う栄太郎であった。
その週の金曜日。栄太郎は夜勤明けだった。長年事務仕事をこなしてきた栄太郎にとって、やはり変則勤務は正直なところきつかった。
その日の晩。栄太郎と高橋係長は帰帆市役所近くの居酒屋で酒を酌み交わしていた。
「まったくやってらんないですよ。あの野菊園は……!」
栄太郎はビールのジョッキをグイと飲み乾す。
「ふん、だろうな……。気持ちはわかるよ。浅原良太の一件もでも野菊園の方針がわかっていたじゃないか。あそこは福祉総務室の管轄だからなぁ。始末に終えないよ」
高橋係長が苦虫を潰したような顔をしてビールを舐めた。
「生活保護の方が私には向いていたみたいです」
「今更、そんなことを言っても始まらん。辞令を貰ってしまったんだからな。でも福祉事務所での野菊園の評判は良くないぞ」
「職員も利用者もホスピタリズムの塊で、どうにもならんですね」
栄太郎は怒りに震えながら、ビールのお替りを注文した。
「だろうな。確か、昭和四十五年の開園だったはずだな、野菊園は。再整備もされているはずだが、あそこ生え抜きの職員も多いからな。施設の意識も大して変わらんだろう」