反骨のアパシー
高橋係長は以前、栄太郎が生活保護の地区担当員をしていた時の保護係長で、栄太郎と律子の仲人でもある。生活保護の受給者であった律子親子と所帯を持つのにあたり、色々と助言をもらうなど世話になっていた。栄太郎に生活保護のイロハを教えてくれたのも高橋係長だった。栄太郎は高橋係長を自分の本当の親のように慕っていた。
「そうだな。今度、飲みにでも誘うかな……」
高橋係長ならば、今、栄太郎が抱えている悩みを理解してくれるように思えた。
その翌日。中島のセクハラ問題を受けて、緊急の寮会議が開かれることになった。
「今回の中島さんの一件については、誠に遺憾で、施設職員としてあるまじき行為であります。これから県の指導監査が入るので、皆さんも心を引き締めてもらいたい」
会議の冒頭で、松田寮長がいささか険しい表情で述べた。
「確かに利用者の杉山さんにも落ち度はあります。だが利用者ということを忘れないでください。今回の監査では人権問題に焦点が当てられるそうです」
松田寮長は苦虫を潰したような顔をしながら言った。
「じゃあ、トイレの扉も何とかしなきゃな。部屋にポータブルトイレを置いているのもまずいんじゃ」
見田という職員がボソッと呟いた。
「あれは利用者の安全を確保するためにやっているんだ。扉は付けられないと思うがね」
寮主任の田上が反論した。
(ああ、これだ。この施設のこの気質が嫌なんだ……)
栄太郎は頭を抱えた。だが、茶番の会議は続いていく。
「まあ、監査対策としてトイレに扉は付けなきゃならんだろう。監査が終わればまた外せばいいんだ。ポータブルトイレも部屋からは一時撤収するんだ」
松田寮長のその一言で、トイレについては議論が終わった。
「問題は我々職員の倫理の問題だ」
松田寮長はそう言うが、とても世間の常識がまかり通る場所ではないことを、栄太郎は感じていた。
「倫理っていいますけど、我々は普通に、真面目にやっていますよ。中島さんが例外なんですよ」
見田がつまらなさそうに言った。
「まあ、利用者の金銭出納簿などもちゃんとやっておく必要があるな。そういうところもチェックされるから」
田上が憮然とした表情で言った。