反骨のアパシー
その対応は原口園長も読めなかったようで、野菊園のセクハラ事件は新聞にも載ることとなった。栄太郎が驚いたのは、中島が依願退職を申し出なかったことだった。六ヶ月の停職とは停職の中でも最も長い期間となる。それは依願退職を暗に勧められているのと同じである。
(あの恥知らずめ……)
栄太郎は憤慨していた。だがその理由は中島の態度だけではなかった。何と杉山の堕胎の費用の全額を、杉山本人に拠出させたのだ。それは杉山の障害年金が余っているからという安直な理由だった。
(狂ってるよ。この施設は狂ってる!)
栄太郎はやり場のない怒りをどこにぶつけていいのかさえわからなかった。
その日、栄太郎が家に帰ると、もう健一は寝ていた。妻の律子が屈託のない笑顔で迎えてくれる。遅番の仕事をこなして家に帰るのは、午後十時過ぎである。
「おかえりなさい……」
「ああ、ただいま……」
「だんだん栄太郎さんの顔がやつれていくように見えるわ」
「俺、そんな顔しているか?」
「以前、私の家を訪問してくれていた時の方が、何かこう、生気に溢れていたわ」
「そうか……」
栄太郎は洗面所で部屋着に着替えた。施設臭の染み付いた衣類を早く洗濯機に放り込みたかった。そこで栄太郎は鏡に映る自分の顔を見た。かなりくたびれた顔をしている。仕事自体がハードというわけでは決してなかった。利用者のオムツ交換も慣れれば楽なものだ。だが、食事介助のたびに家畜の飼料のようにご飯とおかずを混ぜたり、他の職員の動向を気にしながら動いたりする自分が情けなかった。
(確かに、くたびれているな……)
栄太郎は自分の顎を摩った。そして、「はあ」とため息を漏らす。ため息をつくたびに幸せは逃げていくと言うが、ため息を漏らさずにはいられなかった。
「何か、今のお仕事、辛そうね」
律子が心配して寄り添ってきた。
「私は今の清掃の仕事、気に入っているんだけど、施設は栄太郎さんには向かないのかしら?」
「うん、向かないと思うよ。多分……、今のままじゃね」
「高橋係長さんに相談してみたら?」
「ああ、高橋係長か……」