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優しい嘘~奪われた6月の花嫁~

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―それでは、楠本さんにお訊きします。秋葉さんのどこが結婚を決意される決めてになったんでしょう?
 その質問に新郎が幸せそのものといった表情で、
―料理ですかねぇ。見かけによらず、和風料理が得意なもので。そういう家庭的なところが良いと思いました。ですね?
 と、新郎も新婦に問いかけ、そんな二人に同じ記者が
―まさに夫唱婦随ですね。
 と、お愛想とも追従とも取れぬ言葉をかけ、またしても幸せそうに見つめ合う二人がクローズアップされ、コマーシャルになった。
「くだらない」
 紗理奈は呟き、チャンネルを変えた。すると、今度は今、話題の恋愛ドラマで、これもまたクライマックスの二人が教会で式を挙げるシーンだ。厳かな教会で熱いキスを交わす二人が大写しになり―。
 紗理奈はテレビを切った。
「くだらない、くだらない。全部、くだらないっ」
 叫び、またチューハイをひと息に流し込んだ。あまりアルコールに強い体質ではない紗理奈はそれだけでもう身体がカッと熱くなる。 
 そうだと、紗理奈は狂ったようにパソコンに飛びついた。
 デスクに座り、パソコンを立ち上げ夢中でキーボードを叩く。メール画面に行くと、新着メールがズラリと並んだ。意味のないダイレクトメールの中にコッコからのメールが六件もあった。そういえば、火曜日から三日間、パソコンを開くのも忘れていた。柿沼とのデートのことばかりに心を取られていたからだ。

―ラナンさん、今日は実習に近くのペットショップへ行ったよ。私が担当したのはコーギーだったんだ。凄く可愛くて。早く頑張って一人前のトリマーになりたいなって改めて思ったよ。
               KOCCO
六月二十三日火曜 午後十一時二十三分

―どうしたの? いつもはすぐに返事をくれるのに、心配してるよ。病気なの? 
              KOCCO
六月二十五日木曜 午前零時十二分

―大丈夫? まさかマンションで一人、倒れてたりしないよね。心配しています。これを見たら、すぐに返事下さい。
              KOCCO
六月二十五日木曜 午前零時二十八分

 その後も二通、似たような短いメールが一時間おきくらいに届き、最後のメールは

―もしかして、私からのメール、迷惑になってる? ラナンさんにもし負担をかけてるなら、もうメールはしないから、安心して。 
               KOCCO六月二十五日木曜 午後五時五十八分

 どうやら、コッコは紗理奈が返信を怠っていたため、勘違いをしてしまったらしい。柿沼とデートが決まった途端、コッコのことを忘れ、ドタキャンされてまた思い出すというのも身勝手な話ではある。が、紗理奈は自分が浮かれたあまり、とんでもない過ちを犯したことを知った。
 メールの履歴を見れば、コッコは彼女が最後にメールを送った翌日にはまだ紗理奈からの反応がなくても、何も言ってはいない。一日めは仕事が忙しいからとか疲れているからとか、色々と彼女なりに理由を考えてくれたのだろう。そんなときにメールしてもかえって迷惑だと思慮深い彼女のことだから、控えたのかもしれない。
 だが、木曜日からは返事がないことで心配し、紗理奈の身をしきりに案じてくれている様子が判った。それでも紗理奈から返信がないので、最後のメールでは、付き合いが迷惑だから返事がないのだろうと大変な誤解をしてしまっている。
 紗理奈は慌てて返信を打った。

―コッコちゃん、ごめん! 忙しすぎて、どうしてもメールできなくて。そんなのは理由にならないのは判ってるけど、本当にごめんね。迷惑だなんて、とんでもないよ。仕事でトラブっても、コッコちゃんと話したら俄然、勇気が出るもんね。

 そこまで打って、紗理奈はせっかく打ち込んだ文章をすべてデリートキーで消した。指が自然に動いていく。

―コッコちゃん、私ってば最低だよ。だから、会社の皆にも都合良く扱われる馬鹿女だって言われるんだよね。
ラナン

 五分ほど経ち、すぐに返信が来た。もしかしたら、ずっと紗理奈からのメールを気にしてくれていたのかもしれない。

―ラナンさん、一体、何があったの? 
             KOCCO
 
―私ね、これは初めて打ち明けるけど、家庭持ちの男と付き合ってるの。同じ会社の上司なんだけどね。その人から金曜の夜、デートに誘われて、有頂天になってたの。三ヶ月ぶりだからって、新しい服まで買い込んだよ。なのに、今日になってメール一本でドタキャンされた。私って、馬鹿だよね。向こうの気持ちはもう、とっくに冷めてるのは判ってるのに。なのに、吹っ切れないんだよ。そんな男を相手にしたって仕方ないって、皆が言うの。当たり前だよね。向こうは奥さんと別れる気はないし、私と結婚するつもりもないのに、しがみついても意味ないのに。
                ラナン

 十分ほどの間があり、またメールが来た。

―知らなかった。そんなことがあったのね。何て言えば良いか判らないけど、元気出しなよ。って、こんなことを言われても、かえって落ち込むよね。だけど、どうして、そんな男と付き合うの? 皆と同じ科白で聞き飽きてるだろうけど、別れた方が良いよ。
     KOCCO

 コッコだって、やっぱり同じことを言う。そう、柿沼とは別れた方が良いのだ。誰が考えても、出す応えは同じ。紗理奈はまたキーボードを叩いていた。

―私ね、夢があるの。コッコちゃんみたいにトリマーになりたいとか、そんな立派な目標じゃなくて、ジューンブライドになりたいって。馬鹿みたいだよね。良い歳して、女子高生みたいなことばかり言って。こんなだから、家庭持ちの男に都合良く扱われたのかな。
ラナン

―そんなことないよ。女の子にとってはジューンブライドって、憧れだもの。全然おかしくもないし、変じゃないと思う。
        KOCCO

―コッコちゃん、中澤裕子の?六月の花嫁(ジューンブライド)に憧れて〜?って歌を知ってる?
                 ラナン

―中澤裕子って、モーニング娘。の初代メンバーだよね?
              KOCCO

―そう、その人が歌ってる歌で、そういうのがあって、私の好きな歌なの。時々、今も聞いてて、こういう風なのって良いなー、いつか私も心から愛せる男にめぐり逢って、結婚できたら良いなって。できれば六月に結婚したいって、ずっと思ってたんだ。
                 ラナン

―私も知ってるよ、その歌。良い曲だものね。いつか、そんな男に出逢えるよ。ラナンさんだけを見て愛してくれる男がきっとどこかにいるよ。だから、泣かないで。
               KOCCO

―何で、私が泣いてるって判るの?
                ラナン

―三ヶ月ぶりに逢う彼氏にドタキャンされて、泣かない子なんていないよ。泣くのが当たり前だから。