優しい嘘~奪われた6月の花嫁~
それでも、彼の視線を依然として感じた。恥ずかしさのあまり唇を噛んでうつむいていると、突如として声がした。
「濡れた服が身体に貼り付いていて、下着の線まで見えてるよ。何も着てないより嫌らしいね」
熱い息が耳朶をくすぐり、紗理奈は怯えた子猫のように飛び上がった。知らない中に、彼がすぐ傍らに来ていた。
「好きだ」
彼の唇が近づき、ねっとりと熱い舌で耳朶を舐められた。それだけで、紗理奈の体熱は急上昇する。頤を人差し指で持ち上げられ、仰のけられた顔に彼の綺麗な顔が近づいてくる。
最初はチュッと軽く音を立てて吸われ、次は啄むようにキスされ、次第に口づけを深めていく。口紅を引くように上唇と下唇をそれぞれゆっくりと舐められ、呼吸が荒くなっていく中に自然に口を開いた。その隙を待ちかねたように彼の舌がすべり込み、二人は舌を絡め合う濃厚な口づけを続けた。
抱き上げられ、ベッドに運ばれてゆく。香はすぐに覆い被さってきた。彼の吐息が熱い。唇と唇が触れそうなほどの至近距離で見つめ合った。
「朝も話したように、俺は今まで女性をどうしても恋愛対象として見られなかった。だけど、ラナンさんと知り合ってから、女の子ってこんなに優しくて可愛いのかなと思うようになった。こんなことを言うと変態扱いされそうだけど、ラナンさんが俺をゲイから普通の男に変えてくれたんだ。女性に対する眼を開かせてくれたっていうか」
抱かせて。その囁きは熱く濡れた吐息と共に紗理奈の耳に注ぎ込まれた。
「抱いても良い?」
彼が紗理奈の耳たぶを軽く噛み、ネロリと舌を耳殻まで這わせる。それだけで紗理奈の身体に危うい熱が生まれた。
紗理奈は眼をみはったまま、彼を見つめ返した。何故か、コッコとラナンとしてネットで知り合ったときから、彼とはこうなることが運命だったような気がした。そんなことを言えば、他人はこれまでにも男にさんざん都合よく振り回されてきた癖にとあざ笑うだろうが。
「初めてだから、上手くできるかどうか自信はないけどね。AVとか見たことはあるから、一応、男がどうすれば良いかくらいの知識はあるけど。ラナンさん、判らないところは教えてよ」
これは少し恥ずかしそうに早口で言った。
「私も教えるほどのことは何も知らないのに」
まさか初体験の男の子とセックスするなんて考えたこともなかったから、こういう場合にどう対処したら良いのかも判らない。
彼の唇が紗理奈の白い素肌を這う。既に濡れたワンピースやスリップ、ブラは彼の手によってことごとく剥ぎ取られ、蒼い床に散らばっていた。眼の覚めるような蒼色に乱れ散らばった純白の下着はかえって淫らな雰囲気を醸し出している。
喉元、鎖骨、乳房の谷間、彼の熱い唇と舌が通過する度に、紗理奈の身体は小刻みに跳ねた。
「感じやすい身体なんだ」
香は嬉しげに言い、紗理奈の両脚の膝を曲げた格好で大きく開かせた。
「それに、凄く綺麗だ。どこもかしこも、ここも」
熱い感触が蜜壺に触れ、紗理奈は眼を見開いた。
「香君、いきなり、そんなところは」
止めようと上半身を起こそうとすると、彼は自分の体重をかけて紗理奈を押し戻す。
「静かにしてて。女の人の身体を見るのは初めてなんだから」
言葉が終わると共に肉厚の舌が蜜壺に侵入してきて、紗理奈は腰を浮かした。
「ぁ、ああっ」
彼の女体に対する好奇心はとどまるところを知らなかった。蜜壺はさんざん舌と指で蹂躙され、ふくよかな乳房はあるときは銜えられ吸われ、あるときは彼の大きな手で形が変わるほど揉み込まれた。
さんざん啼かされ、声も嗄れた頃、香が紗理奈の片足を高々と持ち上げて自分の肩にかけさせた。
「じゃあ、挿れるよ」
ずぶり、と質量の大きな剛直が蜜壺に挿入されたのが判った。
「あ、ああっ、あうっ」
彼に身体中を弄り回されたときも涙を流した紗理奈の瞳にまた涙が溢れた。
「香君、大きい、きついよ―」
柿沼と数え切れないほどの関係を持ったはずの身体は初めて女を抱く彼の愛撫に呆気なく陥落した。本当にこれで初体験なのかと疑ってしまうくらい、彼の愛撫は紗理奈の感じるところを的確に突き、巧みだった。
最初の挿入からほどなくして、今度は背後から最奥まで一挙に貫かれる。
「もう、無理。苦しいし痛いの」
香のものは大きく、柿沼との情事とは比べものにならないほど紗理奈を惑乱させた。三度立て続けに挿入され突き上げられた紗理奈は眼を潤ませて彼に懇願した。
三度目の射精をした後、香は漸くひと心地ついたようだった。
「ごめんな、俺が無理をさせたみたいで」
香が紗理奈の顔を覗き込む。すっかり疲れ切った紗理奈はベッドに手足を投げ出して天井を放心したように見上げていた。
「好きだ。誰にも渡したくない」
香は紗理奈の目尻に溜まった涙を唇で吸い取った。しばらく彼女の顔をやるせなげに見つめていたかと思うと、紗理奈のやわらかな胸に顔を伏せた。
「お願いだ、見合いなんかしないで。俺はあなたにとってまだ八つも年下の頼りない子どもかもしれないけど、俺を男として見て欲しい。他の男にあなたが抱かれていると想像しただけで、その男を殺したいと思うほどなんだ。絶対に他の男のものになんかならないで」
香が恍惚りと呟き、紗理奈の胸に甘えるように頬を押し当てる。やがて、唇を甘く色づいたラズベリーのような突起に押し当てた。音を立ててキスを数回繰り返した後、乳暈ごと乳首を口にすっぽりと含みクチュクチュと吸い上げる。それまでさんざん彼に弄られて感じやすくなった乳首はすぐに硬くなった。
「愛してる。紗理奈―」
男の愛撫は次第に烈しくなってゆく。その愛撫を止められないまま、紗理奈はその日、数え切れないほど翻弄された嵐にまた巻き込まれ、幾度めか知れぬ絶頂に運ばれていった。
蒼に取り囲まれた揺らめく水底(みなそこ)を思わせる部屋で香に抱かれながら紗理奈が見たものは、先刻見たばかりの海と空だった。どこまでが彼でどこまでが自分か判らない。それほどまでに深く奥深い部分で二人は一つに混じり合い溶け合った。
海辺のホテルを出た時、既に雨は止んでいた。頭上に繊細なレースのヴェールを思わせる雲がひろがり、時折思い出したように雲間から差し込む陽光が海面を照らす。
紗理奈と香は黙って手を繋いで浜辺を歩いた。二人共無言なのは来たときと変わらないが、ただ一つ変わっているのは、しっかりと手を握り合っていることだけだった。そういえば数時間前、ホテルに駆け込んだときは香が咄嗟に紗理奈の手を掴んでくれたのだった。
あの瞬間がもう随分と昔の出来事のように思えるのがおかしいような、くすぐったいような気がしてならない。
今、漸く判った。
彼は私にとって必要なひと。
恐らく香がまだ顔も見ない中から紗理奈に惹かれていたというように、紗理奈もまた【コッコ】に惹かれていたのだ。むろん、紗理奈はまだその時、【コッコ】を同性の女の子だと思い込んでいたから、異性として求めていたわけではない。
しかし、柿沼に久しぶりのデートをドタキャンされたときも独りぼっちのバースデーの夜も遠く離れているはずの【コッコ】はいつも側にいて紗理奈の心に寄り添ってくれた。
作品名:優しい嘘~奪われた6月の花嫁~ 作家名:東 めぐみ