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優しい嘘~奪われた6月の花嫁~

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 彼もまたブルーのカップを手に持っている。そのカップを両手で包み込み、彼は続けた。
「長い話になるかもしれないけど、良い?」
「ええ」
 紗理奈はうんうんと頷いて見せた。香がにっこりと笑った。
「俺って、今でも女顔だけど、子どもの頃はもっと女の子みたいだったんだ。この顔とそれから男だか女だか判別のつかない名前のせいで、随分と虐められてね。もう幼稚園の頃から虐められるのは日常茶飯事になってた」
 彼はそこでひと口ココアを飲み、またしゃべり出した。
「どういうわけか、小学校に入ってからは女子からばっか虐められたんだよね。庇ってくれたのが唯一、心を許せた男友達だった。そのせいで、俺はいつのまにか女の子じゃなくて男の子しか好きになれなくなったんだよ」
 紗理奈は慎重に言葉を選びながら問う。
「その好きになるっていうのは、もしかして、異性に寄せるような愛情や関心ということ?」
「そうだ」
 香は淡々とまるで他人事のように頷く。紗理奈は息を呑んだ。コッコの正体が実は男であったというのも愕きだけれど、彼がゲイであるという方がよほど衝撃的であった。
「コッコちゃんは同性愛者なの?」
 香が笑った。
「もう、そのコッコちゃんというのは良いよ」
「じゃあ、何て呼べば良いの?」
「香で」
「香君で良いのね?」
「うん」
 香は頷き、複雑そうな表情で告げた。
「確かに俺はゲイだった。以前、メールで一年前に付き合っていた彼と別れたって話したよね」
「ええ、そんな話を聞いたわ」
「あれは全部、本当。俺が今まで付き合った恋人は三人いたけど、皆、男だった。女の子と付き合ったこともないし、大体、付き合いたいと思った子がいなかったんだ」
 紗理奈も頷いた。
「そう、だったんだ」
「ラナンさんのブログにコメントした日も何か独りで淋しくて悶々としてて、それでつい見知らぬ人のブログにコメントしたんだよ。後はラナンさんが夢で見たっていう海の話もとても印象的だったから」
「ありがとう」
 紗理奈が見つめて微笑むと、香が何故か頬を上気させた。
「い、いや、俺の方こそ、メールとか、たくさん話せて愉しかった」
「まさかコッコちゃんが男の子だとは考えたこともなかったんで、流石に愕いたけどね」
 これは正直な気持ちを告げると、香は頭をかいた。
「でも、専門学校生でトリマーを目指してるっていうのは本当だよ」
「若いのに、ちゃんと目的を持って頑張ってるのね。えらいわ」
「―って、ラナンさん、メールでも同じことを言わなかったっけ?」
「かもね」
 二人は顔を見合わせて笑った。
「今度はラナンさんの話を聞かせて貰っても良い?」
 香の質問は当然だ。彼にはメールで家庭持ちの男と付き合っているという話もデートをドタキャンされたことまで話している。しかも、今日は柿沼と別れた直後、助けてとメールまで送ったのだから。
 紗理奈は頷いた。
「私も長くなると思うけど」
 七年前に短大を卒御して家電メーカーに就職したことから始まって、受付から秘書課に異動、更にその時、柿沼に出逢ってから交際が始まったこと、今に至るまでをかいつまんで話した。
 もちろん、具体的に二人の間にあったことまでは話せないし、話すつもりもなかった。
「色々と大変だったんだ」
 香は終始真剣な面持ちで聞き入っていたが、最後にポツリとそんなことを言った。
「俺なんかにはよく判らない大人の世界の話だけど、何か同じ男として情けないよ。そいつは結局、奥さんを取るかラナンさんを取るか、どっちか一つを選ばなくちゃならなかった。そういう立場の男がそもそも若い女の子に手を出すというのが間違いの元だと俺は思う」
 紗理奈は微笑んだ。
「優しいことを言ってくれるのね。大方の人はなかなかそんなことは言わないの。どうしてなのかしら、不倫って、女の方は何かとても悪いことをしているような言われ方をされてしまうのに、男の方は不思議と罪が軽いのよね。これって、やっぱり日本が男尊女卑ということなのかしら」
 香は首を傾げた。
「俺はそういうのはよく判らない。でも、不倫っていうのは男ももちろん悪いけど、やっぱり、女性の方もその気があるから、そうなっちゃうわけだし。ラナンさん、これからはもう少し自分を大切にして生きた方が良いよ。世の中にはラナンさんが付き合ったような卑怯な男ばかりじゃないからね。きっと、ラナンさんだけを見つめて愛してくれる誠実な男がいつか現れるよ」
「それって、さっきの香君じゃないけど、コッコちゃんがメールで私を励ましてくれたときと同じ科白」
「ふふっ、そうだね。結局、正体がバレても同じ人間だから、同じことを言っちゃうわけだ」
 二人はまた声を上げて笑い、ふっと香が真面目な表情になった。
「俺だったら、多分、将来家庭を持ったとしても、嫁さん以外の女に眼を向けたりはしないと思うけどな」
 紗理奈もまた真面目に返す。
「香君は結婚するつもりはあるの? まさか、男性と同性婚するとか?」
 これには香は本気で憤慨した。
「失礼だな、まさか、そこまではしないよ。それに、俺はラナンさんのこと―」
 言いかけた香は紗理奈に真正面から見つめられ、また赤面した。
「いや、何でもない」
 彼はふるふると首を振り、それから破顔した。
「何か嬉しいな。ずっとラナンさんと逢いたいと思ってたから」
「そうなの?」
 香が幾度も頷いた。
「香君は私に逢いたくないっていうか、逢うつもりはないんだと思ってたの。だって、二十歳の専門学校生ということ以外は何も教えてくれようとしなかったでしょう。だから、無理にプライベートは訊き出さない方が良いのかなと思って」
 紗理奈の言葉に、香は照れたような顔になった。
「ラナンさんは俺を女の子だと思い込んでいるようだったしね。第一、途中でいきなり実は男でした、なんて言ったら、絶対に引いちゃうでしょ。折角良い友達になれたところだったから、俺、ラナンさんに嫌われたくないと思って嘘をつき続けることになったんだよ。ごめん。騙すようにことになってしまって」
 紗理奈は満面の笑みで応えた、
「もう良いのよ。済んだことだわ。今はコッコちゃんの正体が香君だって判ったもの。それに、香君は何と言っても私の生命の恩人だから」
「あの、それから言いにくいんだけど」
「え、なに?」
 香が親しみ深い笑顔で訊ねるのに、紗理奈はこれにはいささか気恥ずかしい想いで言った。
「私の服、どこかにあるのかな」
 香の顔がまたうっすらと紅くなった。
「ごめん! 肝心なところが全然フォローできてなかった。俺、女の子と付き合ったこともないし、全然、女心とかいうのも判らないんだ」
 香は慌てて机に面したガラス窓を開けた。屋根から出た庇の下に物干し竿が掛けられ、そこに洗濯物が干してある。タオルが数枚と、リング状になった物干しには洗濯ばさみに挟まれた小さなショーツやブラ、薄いスリップが風にかすかに揺れていた。
「―」
 紗理奈の顔が強ばり、香の頬がますます紅くなった。
「悪いと思ったけど、あのままにはしておけなかったから、俺が脱がせたんだ。ずぶ濡れで震えてたし、体温もかなり下がってたからね。洗濯機で回しただけで、俺が洗ったわけじゃないんで安心して」