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優しい嘘~奪われた6月の花嫁~

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 震える指先で何とかメールアドレスを打ち、メールを送信する。
―助けて。
                 ラナン

 ここ一ヶ月ほどの間の頻繁なメール交換で、コッコのメルアドは憶えてしまっていた。とはいえ、コッコがメールを読む時間は大体バイトに出かける前の深夜が多いみたいだから、こんな時間にメールを送ったとしても彼女が見てくれる可能性は限りなく低いはずだ。
 しかし、予想に反して、すぐに返信があった。新着メールのところをクリックすると、?コッコ?の名前が出る。何故か懐かしさに涙が出た。
―今、どこにいるの?
              KOCCO

―H町の住宅街にある電話ボックス。寒くて死にそう、助けて、コッコちゃん。
                 ラナン

 二通めを送信した後で、紗理奈の意識は途切れた。次にバタンという物々しい音で遠ざかっていた意識が覚醒した。
 紗理奈は眼を開いた。俄に現実が押し寄せてくる。自分はずぶ濡れのまま電話ボックスにいて―。
「ラナンさん!」
 聞き慣れない男の声に、紗理奈は小首を傾げた。ゆるゆると顔を上げると、視線の先に若い男が佇んでいる。いかにも女の子にモテそうな甘い顔立ちは今時の男の子らしく物凄く綺麗だ。
 けれど、紗理奈はまったく彼を知らない。男は綺麗な顔を曇らせていた。とても心配そうに紗理奈を見つめている。
「あなたは誰?」
 呟いたところで、紗理奈はまた意識を失った。

 青年はもう二時間くらいの間、ずっと彼女の寝顔を眺めていた。
 何て綺麗なんだ。
 濃い睫が影を落とすその顔は間違いなく極上の美人の部類に入ると言って良い。?ラナンさん?がどんな醜女だとしても気持ちは変わらない自信はあったけれど、やはり好きになった女性が綺麗だったら、男としてはこんな嬉しいことはない。
 そう、俺が初めて好きになった女(ひと)。やっと初めて逢えた。だけど、何故、彼女がこんな酷い状態で見も知らぬ俺に助けを求めてきたんだろう。どうせまた、あの彼女を良いように弄んでいる家庭持ちの男が原因に決まってる。
 あいつは彼女をどこまで苦しめたら気が済むんだ? 家庭を捨てて彼女を選ぶつもりがないのなら、何故、もっと早くに彼女を解放して自由にしてやらない? さんざん良いように利用しておいて、いざとなったら突き放すだなんて、最低じゃないか。
 彼女が久しぶりのデートをドタキャンされて、どれだけ哀しんでいたかを青年は知っている。誕生日を誰にも祝って貰えなくて、見も知らぬ?コッコ?からのメールとラナンキュラスのブーケの写真をこの上ない最高のプレゼントのように歓んでくれたのも。
 彼女はきっと淋しかったはずだ。
 恋人なら、どうして誕生日くらい祝ってやらないんだ? 逢えないのなら、せめてプレゼントとカードくらいは贈っても良いだろうに。
 同じ男として反吐が出そうなくらい嫌なヤツだ。軽蔑してやりたい。
 どうして、ラナンさんをこんなになるまで苦しめたんだ? 
 彼はそいつに言ってやりたかった。胸倉を掴んで思いきり罵ってやりたかった。
 そこまで家庭が大切なら、最初から他の女に眼を向けるな、と。結局、家庭に戻っていくのなら、寄り道なんかするんじゃない。それで傷つくのは結局、彼女一人なんだから。

 どれくらいの刻が経ったのだろう。いつになくぐっすりと眠っていたような気がする。紗理奈は濃い睫を震わせ、眼をゆっくりと開いた。ぼんやりとしていた視界が少しずつ鮮明になり、確かな像を結んでゆく。
 そこで、ハッとして狼狽え、周囲を見回した。一人の青年が眼に入った。長い両脚を前に投げ出し、まるで実験の結果でも待っているかのような真剣な顔で紗理奈を見つめている。
「―!」
 紗理奈は眼を一杯に見開き、飛び起きた。その瞬間、上から掛けられていた柔らかな綿毛布がすべり落ちる。紗理奈は自分の姿を見て茫然とした。
 服を着ていない! すべり落ちた毛布は今も下半身を辛うじて隠しているだけで、上半身は見事に露出してしまっていた。学生時代はいささかコンプレックスになっていた大きな胸が丸見えだ。
 若い男の視線が紗理奈の胸のピンク色の突起に吸い寄せられるように注がれた。紗理奈は狼狽えて毛布を胸許まで引き上げ彼の不躾な視線から隠した。
 紗理奈の反応で、彼もまた我に返ったらしい。真っ赤になって顔を背けた。
 柿沼に屈辱的な行為をされた後、一方的に別離を言い渡された。それから柿沼の車を降りてびしょ濡れになって、電話ボックスからコッコに助けを求めたのまでは憶えている。一度目に気を失う寸前、この男性が駆けつけてくれたのも確かに見た。
 でも、見知らぬ男がどうしてコッコの代わりに駆けつけたのだろう。
「あなたは誰?」
 問いかけると、男が小さな溜息をつき紗理奈を見た。
「コッコだよ」
 紗理奈は息を呑んだ。小首を傾げ、どう見てもまだ二十歳前後にしか見えない男をまじまじと見る。
「―あなたは男よね?」
 彼が小さく頷いた。
「どこから見ても正真正銘の男だよ」
「状況から考えて、私はあなたに助けて貰ったのよね。今の場合、最初にお礼を言うべきなのか、何故、女の子だと信じていたコッコちゃんが男の子だったのか、その理由を訊ねるべきか迷っちゃうわ」
 紗理奈はひと息に言ってから、小さな息を吐いた。
「助けてくれて、ありがとう」
 男はかぶりを振り、弱々しい笑みを浮かべた。
「君は一晩中、ずっと眠り続けていたんだ」
「そんなに眠っていたの、私」
 茫然と呟く紗理奈に、彼が囁いた。
「俺の名前は香、女みたいな名前と、おまけにこの顔のせいで、いつも子どもの頃から虐められていたんだ」
 彼は言い置くと、立ち上がり部屋を出ていった。紗理奈が寝かされていたのは四畳半ほどの狭い和室だ。布団を敷けばそれだけで一杯になってしまう感があるが、片隅には古めかしい机があり、その上に大きなデスクトップ型パソコンとありふれた壺に活けられたピンクのラナンキュラスの花束が見えた。
 紗理奈はそのピンク色の花たちを無言で見つめた。あれはコッコがバースデーの夜、写メで送ってきてくれたものと同じだ。では、やはり、あの香と名乗る青年がコッコと同一人物だったのか。しかし、何故、男性がわざわざ女性を騙る必要があったのだろうか?
 よくネットでメル友になって実際に逢ってみたら、女だと思っていた相手が実は男だったという話はよく聞く。酷い場合は、女だと思っていた男にセクハラされそうになったり、強姦されたりするケースもあるらしい。
 だが、香という彼の場合、そういう性的な犯罪絡みというか目的などとは無縁のようだ。紗理奈が物想いに耽っていると、また香が戻ってきた。両手にマグカップを二つ持っている。
「良かったら、どうぞ」
 湯気の立つピンクのカップを差し出された。顔を近づけると、甘いふんわりとした良い香りに包まれる。
「ココア?」
「うん。美味しいよ。身体も冷えてたみたいだから、あったまる」
 香が屈託ない様子で頷き、紗理奈もつられるように微笑んだ。紗理奈の笑顔を見て、香も更に嬉しげに笑う。
「さっきの話の続きだけど」