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優しい嘘~奪われた6月の花嫁~

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 これもいつもと同じだけれど、これまでと違うのは柿沼がいつになく寡黙だということだけ。普段の彼はどちらかといえば、男性にすれば饒舌な方だ。機知に富んだユーモアで、周囲を笑わせたり和ませたりする不思議な魅力がある。そういう性格が女子社員に人気がある要因の一つだと紗理奈は知っていた。
 男の口数が少ない理由について、紗理奈は努めて考えまいとした。こういう場合、悪く勘ぐれば幾らでも勘ぐれるものだし、そうすることによって、事態は余計にもつれるものだ。
 そう、彼女はこの時点でさえも、柿沼と自分の未来にわずかなりとも希望を見出そうしていたのだ。
 柿沼は最上階の五階で降りた。?五〇三?とドアにプレートがついた部屋に入っていく。紗理奈もそれに続いた。
 以前にも利用したことがある部屋だと気付いたのは、しばらく時間が経過したときで、紗理奈は既に柿沼にスーツのジャケットを脱がされ、大きなダブルベッドに押し倒された後だった。紗理奈はゆっくりと視線を動かし、室内の様子を確かめた。
 モノトーンの幾何学模様で統一された室内は都会のシティホテルらしく、小綺麗にまとまっていて、けして安っぽいラブホテルと同列ではない。第一、柿沼という男がそのような貧乏臭い―いかにも連れ込み宿といいたげなホテルを好まないことを、紗理奈は五年の付き合いで知り抜いていた。
 そう、五年間、紗理奈は柿沼について知ろうと彼女なりに努力した。彼の好きな食べ物、彼の好きな女性のファッション、彼の好きな髪型、男の理想のタイプに近づくことで、少しでも彼の心に近づきたいという女らしい願望がそこにはあった。
 柿沼が好きだという鯖の味噌煮を作るために、わざわざ公民館の料理教室に通ったこともあった。だが、柿沼は幾ら誘っても紗理奈のマンションに泊まったことはおろか、脚を踏み入れたこともなかったのだ。
 自分の何がいけなかったのだろう。どこが彼の妻に劣っていたから、こうして五年間も振り回された挙げ句、惨めに棄てられる予感に怯えなければならないのか。
 次に我に返った時、紗理奈は既にタイトスカートも白いシャツブラウスも彼の手によって剥ぎ取られていた。白い清楚なスリップ一枚だけの姿になった紗理奈を柿沼が無表情に見下ろしている。その双眸には常と変わらず、熱っぽい光がまたたいているように―少なくとも紗理奈には、そのように見えた。
 男の眼(まなこ)に宿るのは紛れもなく欲望という光だ。紗理奈はおもむろに上半身を起こした。覆い被さっていた柿沼がかすかに眉を寄せる。行為の最中に紗理奈が中断させたことなどかつて一度たりともないからだ。
 紗理奈は淡く微笑み、柿沼のネクタイを軽く引っ張った。彼の方はまだ脱いでいるのは背広の上着だけである。
「ねえ? 今日は私からしてあげる」
 柿沼の瞳が更に見開かれる。理解不能といった言葉がその面に浮かんでいるのを見つめ、紗理奈は彼を促しベッドの縁に導いた。
「たまには良いでしょう?」
 彼女はベッドから降りて柿沼の足許にひざまずいた。誘うように、おもねるように微笑みかけ、彼の顔を見上げる。漸く柿沼が紗理奈の意図を理解したらく、軽く頷いた。紗理奈は彼のスラックスのジッパーを下ろした。黒のビキニブリーフの中の彼自身は既にかなり勃起していた。下着の上から指先で軽くつついただけで、すぐに固さと大きさを増す。
 紗理奈はブリーフの前立てから彼自身を取り出した。ゆっくりと顔を近づけ、唇をその先端に押し当てる。
 舌を出して亀頭の先をチロチロと舐めると、わずかに特有の青臭い味がする。正直、あまり快いものではなかったが、紗理奈はそれについては考えまいとした。舌を這わせ続けていくと、眼を閉じた柿沼が眉根をキュッと寄せて軽く呻くのが判った。
 その反応に力を得て、今度は先のくぼんだ部分を舌でつついてみる。今度は堪え切れなかった声が室内に洩れた。その要領で彼自身に丹念に舌を這わせてゆく。血管が筋となって浮かび上がっている部分、竿の方まで念入りに舐めたり扱いたりしている中に、柿沼が荒い息を吐いた。
 紗理奈は何も言わず、そのままベッドに押し倒された。ストッキングを脱がそうとしているらしいが、苛立つあまり手が思うようにならないようで、極薄のそれは柿沼の手によって引き裂かれた。小さな白のショーツが乱暴に引き下ろされ、柿沼がひと息に挿入ってくる。
 前戯も何もあったものではなかった。紗理奈にとっては初めてのフェラチオだった。しかも、男の気を逸らすまいとする一心で行ったことだ。淫らな行為を自ら仕掛けておいても、興奮するどころではなく、彼女の身体はまだ濡れてさえいなかった。
 準備の整わない身体に一挙に最奥までの挿入は正直苦痛でしかない。それでも柿沼は紗理奈にまで気を回す余裕はないらしく、ただ己れの雄としての欲望を満たすことしか頭にないようであった。ただ突き入れ、なりふり構わず動かしていると言った方が良かった。
 それでも、男には満足のいく行為であったらしい。さんざん突きまくった挙げ句、彼はあっさりと吐精した。熱い飛沫のほとばしりを最奥で受け止めながら、紗理奈はただ男に犯されるがままになっていた。行為の最中に至っても快感など感じるはずもなく、ただ柿沼に組み敷かれ烈しく身体を揺さぶられているだけだった。
 だが、これで柿沼が満足したというのなら、それで良い。普段の自分ならけして受け容れない、やらない屈辱的な行為を自ら進んでしたという意味も甲斐もあるというものだ。
 紗理奈自身は何の快楽も得られなかったけれど、夜は長い。これで柿沼も落ち着きを取り戻し、自分たちのこれからについて冷静に考えてみようとするだろう。
 紗理奈はベッドから降り、備え付けの冷蔵庫の方へ歩いていった。ドアを開け、中を覗き込みながら振り向きもせずに訊ねる。
「喉が渇いたみたい。あなたも何か飲む?」
 不自然なほど長い沈黙があった後、短いいらえがあった。
「―いや」
 それからすぐに柿沼は口早に続けた。
「出よう」
 紗理奈は呆気に取られて振り返った。後から考えても、そのときの自分はさぞ惚けた表情をしていただろうと思う。たった今、自分を荒々しく犯したばかりの男の口から出た言葉だとは到底信じられなかった。
「廊下で待ってるから」
 柿沼は言葉少なに言うと、乱れた襟元やネクタイを整え上着を着ると出ていった。後に残された紗理奈は、茫然として男の消えた方を見つめていた。
 ドアの閉まる音で我に返った。スリップの細い肩紐が片側だけ外れているのが妙に間抜けに思え、慌てて元に戻す。
 彼はスリップさえ脱がさなかった。スリップの下に付けたブラジャーはもちろん、そのままだ。そして、彼自身もワイシャツさえ脱ごうとはしなかった。着衣のままの彼に紗理奈が?奉仕?して、彼は欲望を抑えきれなくって紗理奈の胎内で出して、それで終わり。
 何ということだろう! 紗理奈はのろのろと服を着た。シャツブラウスを身につけ、タイトスカートをはく。手が震えてスカートのフォックがなかなか止められない。