慟哭の箱 9
一弥
誰かに呼ばれた。そんな気がしたのだが、夢だっただろうか。
起き上がった清瀬は、夜明けの近いぼんやりした部屋の中に、たった今までそばにいたであろう誰かの気配を察する。
「…須賀くん?」
起き上がって彼の部屋を覗く。嫌な予感がする。空っぽになったベッドを見て、それが的中したことを悟る。
いない。もう戻ってこないつもりなのだ。清瀬にはそれがわかった。身体から力が抜けた。
追いかけなくてはいけない。彼は重要参考人なのだ。
それなのに、身体は動かない。
「……くそ、」
想像以上にショックだった。助ける、救う。そう決めて、できることをしてきたつもりだったけれど、その結果がこれか。
力が、覚悟が足りなかった。旭は出ていった。自分で決意したのだろう。
これがきみの答えか?
俺ではだめだった?痛みも苦しみも共有してやれなかった。無力感にさいなまれ、ふがいなさに目の前が暗くなる。助けてやれなかった…。もう俺は必要ない?
「……」
床にノートが落ちている。交代人格たちの交換日記。
清瀬はそれをめくり目を通す。
ずいぶん賑やかになったものだ。真尋は、清瀬の給料が低いことばかりを嘆いている。涼太の描く絵はかわいらしくて微笑ましかった。そして、その一つひとつに対し丁寧に返事を書く、見慣れた旭の筆跡。