慟哭の箱 9
「清瀬さん」
このひとに出会えただけで、自分の人生は幸福だったのだろう。
「俺、あなたに出会えてよかったです」
心からそう思う。
「お別れするのはつらいけど…清瀬さんにもらった言葉、忘れない…」
ああ、離れがたい。このひとのそばで、すべてを忘れて生きていけたらどんなにかいいだろう。だけど、それをよしと受け入れることは、いまの旭にはもうできない。
「元気でいてくださいね。あなたがどこかで生きてるんだっていうそれだけで…俺、頑張れそうだから」
清瀬は目を閉じたまま眠っている。起きる気配はない。それでも、旭は思いを零し続ける。もうこれが、本当に最後だから
「…あなたの気持ちを、裏切ります。ごめんなさい」
本当に、ごめんなさい。どうか元気で。
いろんな感情がこみあげて、涙になって落ちていく。頬に触れると温かかった。このひとは生きているのに、俺は一緒に生きることができない。この温かさに二度と触れないのだと思うと、悲しかった。それでも。
もう行かないと。旭は涙をぬぐって立ち上がる。最後にもう一度清瀬の手に触れた。温かさを刻み付ける。大丈夫、もう振り返らない。
「…いいのか?」
一弥の声がする。