慟哭の箱 9
別離
眠れないまま夜が過ぎていく。旭はベッドで膝を抱えたまま、自分の心に耳を澄まし続けている。
芽衣。
清瀬の許可を得て再会した彼女を見て、旭が真っ先に感じたのは懐かしさだった。だけど、その淡い思い出も何もかも、いまはもう泥のそこに沈んで汚れてしまった。
――旭、ごめんね
――あなたを助けてあげられなかった。ごめん、ごめんね
虐待から旭を救えなかったことを、芽衣は何度も何度も詫びたけれど、旭は彼女を責めるつもりはなかった。つらかったのは、芽衣も同じだと知っているから。自分がいなければ、彼女が罪に手を染めることもなかった。両親が死んだことを、もはや悲しいとも苦しいとも思わない。だけど、芽衣が一人罪をかぶって苦しんだことが、旭には何よりも苦しく悲しかった。
自分は、ずっと守られてきたのだ。逃げ続けてきたのだ。そうして負った代償がこれだ。大切な者が傷ついてしまった。
(きっと罰なんだな…)
結局、すべてを失うことになるのだから。
カーテンの向こうはまだ漆黒。
旭は静かに立ち上がると、コートを羽織った。外は寒いだろう。
短い間暮らした部屋を見渡して、離れがたいなと改めて思う。ここには、確かに優しくて温かいものが存在していたから。
清瀬の寝室へ向かう。静まり返った寝室。間接照明の明かりに、清瀬の寝顔が浮かんでいる。寝息もたてず、眠っているというよりは気を失っているようにも見えた。旭はベッドのそばに膝をつき、清瀬に静かに語りかける。